最近、ベリーにはまっていて毎週欠かさず通っている。笑いが止まらなくなるぐらいオモシロイ!。


ところが先日の早朝、精神よりからだのほうが驚いたのか『こむらがえし』を起こしてしまった。


のたうちまわること2分半。o(;△;)o
これが海の中だったら溺れてる・・。


あわててパソコンを立ち上げて原因究明。
・・ミネラル不足から来るんだとさ・・。気を付けよう・・。


そごうのエスカレータを登りながらふとポスターに目をやると・・昨年鹿児島で食べ損ねた“しろくま”の写真が目に入った。


今週は催し物として九州物産展をやっている。


で、天文館むじゃきの“しろくま”も初参加なんだそうで・・。


きゃ~っっ♪(≧▽≦)ノノ☆


並ぶこと30分、ワタクシの元へやってきた愛しい“しろくま”。

まぁ・・カキ氷なんですけど氷のふわふわ感がたまりませんっっ。



ベビー白熊です。

※上からみたら“しろくま”の顔にみえるから“しろくま”という名前がついたんだとか・・。


氷の削りぐあいが良いと申しましょうか・・じゃりじゃりしてなくって口のなかでふわっっサクッと氷がとけるんです♪
技術なんでしょうね~。企業秘密なんでしょうね~。パックに詰めてあるのとは違って削ってもらうのを食べるのってゼイタクっ♪


ワタクシが注文したのは“ベビー白熊”でしたけどおとなりのカップルが白熊(120%おおきいかな)を仲良くたべてました。


お店の女の子が“しろくま”みたいに色が白くてほっぺたがピンクのかわいい子で・・ついつい・・みてしまいました。


明日もやってます・・近くの方は是非♪

午後は伯備線~吉備線に乗り継いで“備中高松駅”へ。


毎年6月の第一日曜日の10:00から“宗治祭”が行われていて、今年で426年回忌になるのだそうです。


駅に降りても城跡へ行く手がかりがなく、小さな駅なので観光案内所もなく・・困って駅員さんに聞いてみると『右側線路沿いに歩いて遮断機のところに看板がでてるからそこを真っ直ぐ行くといいよ』と教えてもらった。


これだけの名所なのに駅に案内とかパンフがないなんて・・寂しい・・。

昼休み時間は窓口が閉まっているから観光に来たひとは路頭に迷う。ちょっと不親切だと思いました。


毛利征伐を命ぜられていた秀吉は欲しかった清水宗治の備中高松城を水攻めすることに成功し、毛利方の軍師安国寺恵瓊を呼び、城主である宗治の首を差し出すことを要求する。


大事な息子を宇喜田直家に誘拐されたときに毛利に助けてもらった恩をいつか返したいと思っていた宗治は恵瓊から話を聞くと首ひとつで城兵の命と毛利家存続につながるのであれば・・と快く承諾したという。


翌3日、光秀の使者である藤田傅八郎が秀吉軍に捕らえられ、持っていた密書により6月2日早暁、信長が光秀に討たれ本能寺が炎上した事を知る。


その情報が毛利方と宗治方に漏れぬよう策を講じ『今日中に和議を結べば5000の城兵の命と毛利の領地はとりあげぬ』、と急ぎ促せた。



翌4日、宗治と兄は四方を囲む敵と味方の前に船で漕ぎ出し舞いを舞った後、辞世の句を読み自刃した。


秀吉はこれを見届け、毛利軍が引き上げるのを見計らい、大急ぎで光秀成敗に向かった。


これが有名な“中国大返し”。

秀吉の天下人への出世街道の道程になるわけです。


5年ぐらい前に隣の市の市民館で“みすず”が上映されるということで観に行ったときロビーのケースに飾ってあった甲冑と年表や絵巻を見てその時はじめて宗治の菩提寺が市内のお寺にあることを知ったのでした。


『こんな身近にお殿様が?』と驚いたものです。


あと一日引き伸ばすことができたなら・・自刃せずにすんだかもしれませんね。


北条早雲の小田原城攻めでもそうだったように・・『あと一日』・・というのが運命のわかれみちなんでしょう。


秀吉は天下人になるために生まれてきたんでしょうね。

水攻めするのにタイミングよく雨が降ったり、光秀の使者が間違えて転がり込んできたり・・。


辞世の句碑。



橋をわたったところに首塚があります。


ワタクシが着いた頃には法事も終え、ひとの姿はなくテントだけ残っていました。


首塚の側へ行って手を合わせました。


目を開けると空から木漏れ日が差していて、お供えされた菊の花と周りに植えられたさつきの前で黒アゲハチョウが舞を舞ってました。


あんまり幻想的な風景だったのでしばらく見惚れていました。


この首塚の敷地の道路を隔てたところに「清鏡庵」という和菓子屋さんがあります。


ここに「水攻饅頭」という名前の和菓子が売られているのですが、このお菓子が“宗治祭”の茶席に並ぶそうです。無料でお抹茶とこのお饅頭が振舞われるとのこと。


コスモス水攻饅頭(5ヶ入り)¥400-(税別)


このお饅頭の包み紙は史跡地図になっていて城を中心に“東:秀吉軍”と“西:毛利軍”についた武将の陣跡図が銘記されています。



お店の方のちょっとしたプレゼントっていうことですね♪


このお祭りには宗治のゆかりのある方、親族、子孫が全国から集まってくるのだそうです。426年の間にどれだけの子孫が増えたのでしょうね?。


おもしろいですよね。そう考えると紀元後2000年弱のあいだ元を辿ることができたなら国民皆が遠い親族になるってことですから・・。


蓮の華が咲く頃はとても綺麗な姿をみせるのでしょう。




城跡というと石垣を連想しますがその姿はなく“水攻め遺跡”として残っています。400年の時を越えて地中から蓮が咲いたそうでそれを地元の人は“宗治蓮”と呼んでいるのだそうです。




地元の小学生が楽しそうに走りまわってました。


二の丸跡が資料館になっています。


今日は備中へ。“晴れの国おかやま”だけあって良い天気でした。

・・意味が違うような・・。


“備中高城”“備中山城”へ。


どっちが“山城”でどっちが“水攻め”にあったのか?わからなくなってしまうほどややこしい名前・・。


備中高梁駅に属するのが“備中松山城”。
備中高松駅にあるのが“備中高松城”。


路線が違うんですよ・・。“伯備線”と“吉備線”にそれぞれあって・・。
“本日のスケジュール”を作るに当たって悩みましたもん。


結局は遠い方から足を運ぶことに・・。


※ちなみに愛媛県には松山城、香川県には高松城があるので混同しないように“備中○○”と名付けたそうです。


ややこしや・・ややこしや・・。


伯備線に乗り換えて“備中高梁駅”を目指します。

乗ってみたかった“やくも”♪。


“ゆったりやくも”っていう種類もあるそうです。

※進行方向の左側に席を取ると“高梁川”を眺めながら旅できます♪


高梁駅で降りて“備中松山城”へ登りました。

気分は大石蔵之助?。




この“備中松山城”は天守を持つ現存の山城としては日本一高いところにあります。山の七合目・ふいご峠まではタクシーかバスが登ってくれますが、それからの700mは自力で登るしかありません。



こんなに登ったの?




要所要所で励ましてくれる心得看板。

何種類かあって笑わせてくれます♪


山中をひとりで登るのはココロ細かったんですけどね

トカゲが動くたび“カサッ”っと音がして・・(((゜д゜;)))




だって・・天空の城よ?。




こんな石垣みたら『来てよかった~っ』て思う。



階段を登ったとこでコスモス入城代¥300-




向かって左側が登城口。


城内入り口から撮影。

2階に登ると床のすき間から下の階が見えるので怖くて数歩歩くと景色も眺めずにすぐに降りてしまいました。(TωT )*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


周辺を十二分散策して楽しんだので下山。

ワタクシが降りる頃になると客足も増え賑やかに。

帰りは余裕。坂道をころがるだけなので。




何ていう花なんだろ・・花弁が三枚ってめずらしい・・!。

キレイだったので・・つい。


森林浴が気持ちよくて結局、山頂から駅まで歩いてしまいました。


“備中松山”でのもうひとつの目的。



山田方谷先生の塾跡。

登城バスのりばの横にありました。


行きはタクシーに乗ったので気付かなかったんですけど見つけてしまい得した気分♪


ここに“河井継之助”もきたんですね。

おととい『峠』の(上)を読み終わったところです。



コスモス峠 (上)(中)(下)¥667-(税別)


方谷先生と継之助が最後のわかれをした“見返りの榎”に行ってみたいと思いタクシーの運転手さんに場所を聞いてみると、城のある“備中高梁駅”の3つ先の“方谷駅”を降りて国道沿いを15分ぐらい歩くとあるそうです。電車の本数は少ないそうです。駅自体が“無人駅”ですので“観光案内所”はありません・・とのこと。


道路の拡張工事をした際に『この榎だけは残しましょう』ということで残ったそうです。タクシーの運転手さんは『こどもの頃からみてるよ?何に載ってたの?』って聞いてきたので朝日新聞社の週刊司馬遼太郎Ⅱですって答えました。



コスモス週刊司馬遼太郎Ⅱ¥857-(税別)

写真が載っていますのでこれでがまんすることにします。

※この本は便利です。なかなかⅡが売っていないので広島の書店を歩いてみたけどみつからなくて・・(Ⅲを置いているところは結構ある。)なのに昨日、市内の書店でめぐりあってしまった!。ふせんの辺りが峠のエピソード。


“見返りの榎”のエピソードは『峠』(上)には書かれていませんが“方谷駅”の由来は詳しく書いてあります。


テレフォンボックスって・・なつかしいっっ!。

お目にかかったのって久しぶり!!。


ここのボックスを曲がると・・



武家屋敷通りです。



さらに下ると・・頼久寺



コスモス拝観料¥300-

“小堀遠州”作の庭園。




庭へ降りること厳禁。



素敵なお庭。さつきが終わりかけているのですがそれでも綺麗。




縁側に座ると自動的に解説が流れます。
お茶席がないのが残念です。


華道は遠州流の看板持ってますけど遠州って静岡県のことだと思ってました・・。

静岡県で生まれた流派だと信じてました。ま・・20代でもらったものなので・・。

華道の先生に教えてもらっていた茶は遠州流ではなかったのでどんな茶を点てるのか興味あります。


政治だけでなく造園、建築、茶道を極めていた凄い方だったのですね・・。

旅先で時を越えて出会えるとは♪


【本日のおまけ。】


今日の『篤姫』で阿部老中が亡くなりました。
阿部老中のふるさとだったのですね・・福山って・・。


桜が咲く頃はほんとにキレイです!。




新幹線のなかから撮影したらこんなに流れてしまった・・。

酔いそうですね・・。ごめんなさい・・。


草刈さんの“阿部老中”とても好きでした。