オリジナルな続きものです!!
*******************************
「うぬちゃん凄い!!どうやって覚えたの!?」
オペの術式や使用器具を完璧に覚えたうぬの腕に
研修医の茶衣が飛びついてきた。
「う~ん……。昔から暗記は得意だったのよね」
若干涙目の茶衣に同情しながら
うぬは曖昧に返事をした。
暗記が得意なのは本当だけれど
今回はそれ以外の何かがうぬを突き動かしていた。
自分でも、何でこんなに躍起になっているのかわからないけれど
高杉先生にファイルを渡されてから一週間。
うぬは暇を見つけては脳外の医局に入り浸っていた。
と言っても、高杉先生に会うのが気まずくて彼が居ない時を見計らって
夜間こっそりと訪れるのが常だったが。
そんな中、居残りで勉強していた研修医の茶衣と意気投合して
今日もこうして一緒に勉強している。
「あぁどうしよう。私、全然覚えられない……」
月末にテストがあると言う茶衣は絶望的な表情で頭を抱えた。
なんでも「これに落ちたらどうなるかわかっているな?」と脅されているらしい。
「落ち着いて。月末ならまだ時間はあるから大丈夫よ。
それに、もうほぼ覚えてるじゃない」
うぬが短期間でここまでできたのは
少なからず茶衣の手助けがあったからだ。
医師向けに書かれたマニュアルは所々難しい箇所があったけれど
その都度、茶衣が丁寧に解説してくれた。
以前は見分けのつかなかった器具も、違いや見分けるポイントを教えてもらい
そのおかげで、なんとか採用テストまでに間に合いそうだった。
今度は自分がお返しをする番だ。
そう思ったうぬは、気合を入れて茶衣の肩を叩いた。
「よし!!もう一度始めから……」
「残念だがその時間は無いようだ」
不意に背後から彼の声が響いた。
気配に気がつかなかった二人は、びくりと背筋を伸ばす。
恐る恐る振り向いたうぬだったが、高杉先生は少し不機嫌そうに茶衣を見下ろしていた。
「あいつが呼んでいた」
「あいつ……?」
思考を巡らせ小首を傾げる茶衣に
高杉先生は幾分表情を緩めてニヤリと笑う。
「キンパの次期い……」
茶衣は手元のファイルを盛大に滑らせて床に落とした。
「わっ!!茶衣ちゃん大丈夫!?」
真っ赤になりながら、わたわたファイルを集める茶衣にうぬも手を貸す。
「お前が俺の医局に入り浸っているから、あらぬ疑いをかけられた」
不服そうな物言いだけれど、その声色にはどこか楽しそうな気配が含まれていた。
「せっかくだから、お前がどんなに可愛い研修医か、話しておいてやったぞ。
あの飄々とした仮面を剥がすのはなかなか愉快だった」
ははっと笑う高杉先生に、茶衣が信じられないと目を見開く。
何か言いた気に口を開きかけたけれど、言葉を飲み込んだようで
集めたファイルを抱えて、うぬにぺこりと頭を下げた。
「うぬちゃんごめんね、また今度」
「あ…うん」
イマイチ状況を把握出来ないうぬは、歯切れの悪い返事をする。
「明日、遅刻して来たら許さんぞ」
そう声をかけられた茶衣は首まで真っ赤になっていた。
「お疲れさまでした!!」
バタンと扉が閉まり、医局は静けさに包まれる。
『お前がどんなに可愛い研修医か』
さっきの高杉先生の言葉が、うぬの胸を詰まらせた。
うぬの強がりな性格のためか、美人だとか
クールビューティーなんて褒めてもらえることはあっても
身長が低いにもかかわらず
可愛いと言われた事は一度も無かった。
だからだろうか。
茶衣が高杉先生に可愛いと言われていたのが羨ましかった。
それに、あんな風にからかわれるのも……。
(そうだよね。高杉先生は女なら誰にでもちょっかい出して……。
私だけをからかっていたわけじゃないよね……。
…………あれ?私、何考えてるんだろう!?)
うぬは顔が赤くなるのを感じて、慌てて考えを打ち消した。
「お前の百面相を見ているのも面白そうだが、それはまた今度だ。
それで、勉強の方は順調か?」
意地悪な笑顔に覗き込むまれ、上がった熱は違う方に向いていく。
(どうせ、誰にでもそんな顔をしてるんでしょ)
そんな思いと、苦戦しているんだろう。なんて気配が伝わってきて
ついカチンときてしまう。
「術式も器具の名前も、もう完璧に覚えました!今日テストでも大丈夫です!!」
強気に返すうぬに高杉先生は楽しそうに唇を持ち上げた。
「ならばお手並み拝見といこう」
近くの棚から縫合練習用の縫合パッドと糸を取り出し、高杉先生が机の上に置く。
ぽかんとするうぬに、鋭い視線が飛んできた。
「何をぼさっとしている?縫合の準備だ」
なんでそんな事!!そう言い返したいところだけれど
真面目な雰囲気に押されて、もやもやしながら練習用の器具の中から縫合セットを取り出した。
「器具は覚えたようだな」
うぬが並べた物を確認して、高杉先生が頷いた。
当たり前だ。並べ順だってマニュアル通り完璧だ。
「言ったでしょう。明日がテストでも大丈夫だって」
いつも振り回されてばかりだけど、今日はそうはいかない。
うぬは得意げに彼がするようににやりと笑ってみせた。
高杉先生は少し驚いたように目を見開いたけれど
その表情はすぐに楽しそうな不敵なものに変わる。
「?」
手を差し出され、意味がわからずに視線を彼の顔と手に行き来させる。
「持針器。言われてから出すようだと失格だ」
どうやら、このまま受け渡しの練習が始まるらしい。
うぬは慌てて縫合糸が付いた針を器具に挟んで差し出した。
けれど、高杉先生はそれを受け取ろうとはしない。
「…………」
「…………………」
「俺の手を見ているか?お前の出している角度だと
俺が手首を動かさないと掴めない」
どうやら差し出す微妙な角度が悪かったようで、慣れない動作に手間取りながら
言われた通り指先を少し動かすだけで掴める位置に持っていく。
「手術中はいちいち何を出せと言わないし、お前の方を見たりしない。
俺が使うものを先読みしないと器械出しは勤まらんぞ」
その後も、縫合なんて基本中の基本で完璧に覚えていたはずなのに
一つ一つにダメ出しされて、うぬの自信はどこかに消えてしまっていた。
「これのどこが完璧なんだ?言ったはずだこの世界は甘くないと」
「………………」
そんな事わかっているけれど、それでも私なりに頑張ったのに……。
この一週間、到底無理と思われるような量の知識を詰め込んだし
寝る間も惜しんで勉強していた……。
「自分が術者になったつもりで、俺が何を見ているのかを考えろ」
「…………そんな事……」
ああ。
まただ。私の悪い癖。
本当は、頑張ったって、ただ一言でいいから褒めてもらいたいだけなのに。
認めてほしいだけなのに。
こぼれそうな涙を我慢したら
可愛くない自分が出てしまう。
「私は医者じゃないんだから、わかるわけないじゃない!!」
「泣くな」
「泣いてません!!」
ただの強がりだなんて、自分が一番わかっていた。
悔しくて唇を噛んで俯いたのに、視界はすぐに上を向く。
「!!」
高杉先生の指先がうぬの顎を捉えて
くっと持ち上げていた。
親指が、噛みしめた唇をそっとなぞる。
「お前は本当に鈍いな」
さっきまで散々意地悪をしてきたのに
別人かと思うぐらいの柔らかな声。
苦笑を浮かべる高杉先生に、うぬの胸がぎゅっとなる。
「お前は、俺が何を見ているのか考えた事があるか?」
またからかわれてるんだ。
そう言い聞かせるのに、鼓動が一つごとに速くなる。
「素直に俺に教えを請えばいいものを研修医なんかと……」
どういう意味だろう。
確かめる事が怖くて、うぬは彼の手から顔を背けた。
「……はぁ」
ため息が聞こえ、びくりと体が強張る。
呆れられた。
そう思うと、喉が詰まった。
***************************************