Kiss on my cheek.

Kiss on my cheek.

あなたを無くしても 僕は生きてく
 それでも 好きだと言ってくれますか

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遥か遠くに、明確に見えるものなんてない。

見えるのは、いつだって、周りにあるものばかり。

 

 

 

 

何をするにも一人ですることには限界があって、

2人以上でしたほうが楽しいことが多い。

 

もちろん、ひとりで云々、楽しむこともひとつ。

 

 

うん。

 

 

 

楽しいことがあるから、生きていく。

 

 

ひとりで居ても、やってけると思ったから、

楽しいこと見つけて、やりたいこと見つけて、やっているけど、

これをある程度満たしていってしまったら、

何かが物足りなくなるんだ。

 

本当に本当に大好きな人と、

いろいろな事を共有していくということ。

 

楽しいことややりたい事を見つける事だけに目を向けていたら、

いつのまにかこんなところに来ていた。

 

大事な人、大切にしたいと思う人を、

今さら見つけられるのかという寂しさ。

 

自分のことを見つけてもらえなくなるという怖さ。

 

 

楽しいことを沢山見つけて、延命してきては見たものの。

その延命は何のためかと言えば、大事な人に出会うためのものだったのに。

 

出会った頃には、大事にしたい人には大切な人が居て、

役目はまわってこない、まわりに立つ風景と化す。

 

 

 

そう誰でもいいわけじゃない。

育った環境で備わった感覚が、はっきりと言う。

 

大切にしたい人。

 

生きたいから見つけたいんじゃない。

見つけたいから生きて来た。

 

どんどん重くなっていく荷物を背負って、

いつかは諦めて下ろしてしまう日がくる。

 

そうやって、生きる意味を失う日が、

近いうちに来るんだろうな、と思ったら、

もうちょっと、行動を起こしてみてもいいんじゃないかって思えてきた。

 

何もしなきゃ、死んだも同じだ。

間違えた選択をしたって、死ぬだけだ。

自分は生きたいんだから、生き残る可能性のある事をするべきだ。

 

 

どうせいつかは失う命だ。

燃え尽きる命だ。

 

何もかも失う気持ちで探さなきゃ、見つかるもんも見つからない。

手に入るものも手に入らない。

 

 

遥か遠くに見えるぼんやりとした地平線のそのまた向こうへ。

 

隣に居てくれるかどうかも分からない君を探しに。

 

 

 

 

 

 

今の気持ちを、考えを、言葉として残しておきたかった。

 

 

 

 

 

 

 

「君のことを 好きなだけ 愛せたらいいのに」

 

 

 

 

 

 

 

邪魔するあまのじゃく。

 

こういうときって、相手がどう思うかって考えると同時に、

自身の経験則が邪魔をして、行動を縛る。

 

こんな事を考える理由とは、

機を狙って、好きでいていい状況を作り出そうと、

もがいているっていうことだ。

 

ただただ、誰かの事を好きになる。

好きでいることに気づく。

その気持ちをずっとずっと持ち続ける。

 

 

じゃあ、愛していいの?

 

 

好きになるのは勝手に出来るけど、

愛せたかどうかは一人じゃ出来ない。

 

 

結局は相手から何かを受け取って、はじめて、

ああ、おれは好きなだけ愛していいんだと、認識する。

 

 

 

 

 

 

 

 

何万光年と離れているような距離を

ちょっとずつ、ちょっとずつ、近づいていけた。

 

 

やっと、やっと、見つけたのに。

 

 

素直にまっすぐに飛び込んでいけますように。

 

 

 

 

 

 

なんだろう。

 

残酷だなぁ。

 

 

 



ひとりで居るときには、いつでも側にいて、

丁度いい押入れを見つけたから、上手に抱えてしまってる。


争うことはない。

それは自分自身。


離そうとしたら、自分も付いてかなきゃ。


自分自身の嫌いな部分。

それも含めて自分自身。





その場所に居る事に迷った時、大きな姿を表す。


収まりきらないくらい、大きな大きな荷物になって。


収まらない部分を捨てると、

捨てた部分が無い事に気づいて、

心はまた、そいつを生み出す。


堂々巡り巡り、果ての見えぬ取捨選択。


残していいのはこれか。

置いてくのはこれか。

放り出すものはもうないか。

出した解答は、誰からも見つからないようにすること。

ひとりで抱えていけるだけのものである環境を作ること。


一度作った荷物は、容易くは死んではくれない。


だから、抱えておけよ。
無理矢理にその押入れに。



年中無休の争いを、救ってくれるのは、

他人と呼ばれる、似たもの分身。


ようやく出会えた似たもの同士。


二人で足して分け合って、程よい大きさの物になって、

お互いに持ち帰る。


いま、戦っている途中でも、

絶え間なく生まれてくるものでも、

どんどん分け合ってけばいい。


存分に「孤独」を愛していいのだ、と

分け合える人に、出逢えたら、いい。



まだ眠りたくない。


眠って起きた時が、僕の明日。





今日のうちにやりたい事があるときに、

明日が来なければいいのに、と思う。




それでも時計の針は進んで、

人間が作った時間に囚われる生活が続く。




集中している時に。


夢中になっている時に。


あなたといるときに。


時間を考えない時間。


そんな時に僕の願いは叶う。








ちょっとした出来事から、

人生って変わるんだと思う。




人それぞれ、

転機ってあるんだと思う。




これから迎えるような人もいるんだと思う。




でも、おれは。

おれには、小学5年生の頃がそうだったようにしか思えない。




後付けで知ることになるんだけど、

親が仲悪くて、逃げるように別居して、

片方の親に連れてかれたのがそれ。


それのせいで、とか、

未だに思ってる自分が嫌い。


小学生ながらに楽しく送っていたものが、

一旦すべて崩れ去った。


こう思ってる自分が嫌い。


気持ちは正直だ。


そう思っている。





何かのせいにしないと、

今の自分の有り様を正当化出来ないからだろう。




なんとなくこういう事を書いてしまったり、

こういう事を思ってしまったり、

少し卑屈になってしまったり、

感情表現が下手くそだな、と思ったり。







事実。

何の取り柄も無いような気がしてならない。


かと言いつつ、

今の自分が生きていること。


今の仕事をしていること。


給料さえ低いけど、

やりたい仕事をしている。




でも、比較が始まる。


自分さえ気にしなきゃいいじゃん。


そういうわけにいかないんだよ。


世間っていうとっても嫌いな言葉たちが、

追い詰めてくる。


至極一般的な論評が、勝手に飛んでくる。





「お前は平均以下だ」


「やりたいことやればいいってもんじゃないんだよ」





そう。


平均以下だから、

将来、いつくたばるか分からない。


もしかしたら、40くらいに野垂れ死んでるかも。






つまり、一般より離れてるってことは、

「変わってる」って事。



・・・とする。




普通ではない。




・・・とする。





そうやって言い聞かせて、

逃げまくる。




逃げると、もちろん、相手は追いかけてくる。




でもさ。




いいんじゃないか?




何十億といる人間の中で、

たった一人くらい、こんな生き方したって。


平均とか、普通とか作るから、

その横一線に居られないやつが出てきちゃうんだよ。





そんなの、くそくらえ。




一般的な風潮がなんだ。


世間に大きな迷惑かけなきゃ、

好きなように生きていいだろ。






へへん。


また逃げてやった。




・・・とする。







卑屈もここまで来た。






友達がいる。


なんで居てくれるんだろうと考える。


おれが持っている物が何かあるからだろう?




その持っているものを一つずつ手放したら、

元々居たおれじゃなくなっていったとしたら、

あなたは、友達でいてくれるだろうか?