ご訪問ありがとうございます。
 
 
※毎度おなじみ、独り言のコーナーです
 
 
寒いの苦手な僕は、ひたすら動きが鈍くなっているのですが、
それでも、少しずつ、少しずつ、実家の片付けをしています。
 
いや..している“つもり”です(笑)
 
平日夕方は、物を一つ動かしては
 
 「今日もよく頑張った!」
 
と退散し..
土日は、物を一つ動かしては、
 
 「寒い!」
 
と、母の部屋で30分ほど暖を取り..
また動き始めた途端に、
 
 「これ、どこに置こうか..ちょっと考えよう」
 
と自分に言い訳をして、母の部屋でテレビを眺めながら、1時間くらい暖を取り..
 
そんな感じなので、遅々として進みませんが、それでも少しずつ進んでいます。
なかなか進まないのは、全部、この寒さが悪いんだ..
 
 
サボりながら、のらりくらりと、福祉用具を設置する場所の確保や、
母の動線を広げたり、新たに危険になりそうなものを片付けたり..
母も忘れているだろうし、この際なので、入院前の“泥棒さん”対策で、
散らかしていた物を片付けたり..
 
そんな事をしている内に、少しずつ、少しずつ、
僕の中でも、母が退院してくる現実味が沸いてきました。
 
 
昨年9月5日に入院してから、退院予定の2月11日まで、159日間の入院生活。
159日と言えば、
 
 22週間と5日
 5か月と6日
 
こう考えると、結構長いですね。
 
いや...
 
90歳と言う年齢と、歩行器付とはいえ、歩ける状態で退院できる事を考えると、
まぁまぁ早いのかな?
 
 
この5か月、母は本当に、よく頑張ってくれました。
 
僕も、仕事でどうしても無理な時以外は、休まず面会に行きました。
基本的には週3回行っていて、長期休暇も全日面会に行きました。
平日も、毎朝版、実家に寄りましたし..
 
我ながら、頑張ったなぁ..
 
と言うか、冷静に考えると、僕がやっていたことは、入院前とあまり変わらない。
入院前の僕のリズムに、“面会”が入っただけ。
 
だって..
 
自分の性格は知ってます。
 
 自由な時間が取れる!!
 
と、全てを自分の時間に充ててしまうと、一気にダレてしまう。
一度ダレると、母の退院後、元に戻するが大変ですもんね(笑)
 
 
可能な限り、面会に行っていたのには、少しの理由もありまして..
 
急性期病院に入院中や、リハビリ病院転院後しばらくの間は、
母のメンタルが不安定で、僕の事を非常に心配している様子が
見えていましたので、少しでも、母の安定剤になれば..と思って、
せっせと通いました。
 
特に、転院直後しばらくの間は、その“心配”が暴走してしまって、
とんでもない事になったりしてましたしね(笑)
 
 飲んで暴れて、人様に怪我をさせたり..
 飲酒運転で事故って、僕自身が大怪我したり..
 病院の食堂で、酔っぱらって大騒ぎしたり..
 誰かと大喧嘩した挙句に大怪我をして、包帯ぐるぐる巻きで面会に行ったり..
 よく分からないけど、救急車で運ばれたり..
 母と同じ病院に入院して、リハビリをしていたり..
 夜な夜な、母の病室や、病室の窓の外で麻雀をしていたり..
 その麻雀で250万だか2500万の借金を抱えたり..
 僕の歳が90歳や98歳になったり..
 
他にも色々ありましたが、2日間、面会に行かないだけで、
母の中で何かが起きていて、顔合わせた途端に怒られたり、
大泣きされたり..
 
ほんと..
 
色んな事がありました...(遠い目)
 
姉の事でも色々ありましたが、書くと止まらなくなるので割愛します(笑)
 
 
僕自身の心境の変化としては..
 
母が入院して最初は、辛い、悲しい..そんな思いや、
“主の居ない実家”に慣れなくて、随分と寂しく心細かったです。
実家にポツーンと一人でいると、
 
 この先どうなるのか
 母は寝たきりになるのか
 この家に帰ってくることは、もうできないかも知れないな..
 
など、色んな不安もよぎったりしていました。
 
でも、それもこれも、月日の経過と、母の回復とともに、
もはやすっかり慣れてしまい、特に最近は、
 
 ああ..この自由な時間も、あと少しで終わりか..
 
と思ってしまう自分も居たりします。
 
それもこれも、母が頑張ってくれて、順調に回復している様子を見て、
僕の中で、安心感が膨らんだからなんだろうな..と思います。
 
 
転院1か月ほど経った頃だったかな?
 
 リハビリ的にも、認知症的にも、自宅に帰るのは不安がある。
 退院後、家に帰る事も出来るけど、老健経由でリハビリを続ける選択肢もある。
 
と言われた時は、少しショックでした。
手術の時に「どちらにしても歩けなくなる」と言われた時以来のショック。
 
 
僕にとって楽な選択は、母に老健経由でリハビリを続けてもらうこと。
なんなら、そのまま施設にという選択も取れたと思います。
 
そう。
 
90日経過後も、老健経由で、更にリハビリを継続してもらったり、
退院後そのまま施設に入ってもらった方が、僕としては、圧倒的に楽です。
 
直接的な介護から離れますし、一人の時間も存分に確保できる。
入院しているという安心感は、とにかく絶大ですし、
母が病院や施設に居る間、僕は
 
 なにもしなくていい。
 なにも気にしなくていい。
 適当に面会に行って、楽しくお喋りしていれば、それでいい。
 
圧倒的自由です!
 
でもそれは、母に我慢を強いて成り立つ自由。
 
 それって..なんか違うよね。
 
と思ったんですよね。
 
 
僕は、母の希望を聞いていますし、それを叶えたいと思いました。
 
その希望を現実にするため、家に帰りたい一心で、
 
 「頑張れば家に帰れる」
 
と信じて、毎日、一生懸命リハビリに励む母。
 
その“希望”を取り上げると、母はきっと折れてしまう..
 
 
僕自身、これまでの母の介護に限界を感じていた訳でも、
母の介護が嫌な訳でもなく、むしろ
 
 「できる事は、まだ沢山ある」
 
と思っています。
 
自由が欲しいなと思う反面、まだまだ介護を続けたいとも思う。
 
どちらも本音。
 
どちらの本音を取ったとしても、どちらも“僕一人の思い”
結局は、僕の勝手な都合なんですけどね(笑)
 
どっちも本音で、どっちも僕の都合なら、そこに母の希望を混ぜて考えると、
自ずと答えは見えてくるわけで..
 
 
その昔..
 
 人生の選択で迷った時は、しんどい方を取ると大体正解だ
 
と、中学3年生の担任に言われました。
今も胸の中に残っている、沢山の言葉のうちのひとつです。
 
まぁ、これを素直に実践すると、かなりしんどい人生なんですけどね(笑)
 
もうひとつ。
 
先日、ツイッターかインスタグラムで、どこかのお寺の掲示板かな?
の写真を見掛けました。
 
そこには
 
 めんどいと思ったら、やったほうが良い。
 もうダメだと思ったら、やめたほうが良い。
 
と、書かれてありました。
 
中3の担任の話も、掲示板の写真も、どちらも、
 
「ああ、なるほど。確かにな..」
 
って思いました(笑)
 
 
これから先は、今まで以上に色々大変になると思います。
 
妄想や幻視の話の復活だけでは済まないですよね。
家事も色々入ってきますし、オムツの処理やポータブルの掃除..
色んな介助も入ってきますので、今僕が、ぼんやり考えているよりも、
断然厳しい物になると思います。
 
でも、まだ「続けたい」って思ったんですよね..
 
施設に入った方が、母は安全で快適に暮らせるのかも知れないけど、
でもそれは、母としても、自由と交換で得られる“安全と快適”
 
でも母は、それを承知の上で、家に帰りたいと言った。
 
言ったからには、母には申し訳ないけど、当分の間は、
母には僕の「まだ頑張れる」に、付き合ってもらおうと思います(笑)
 
 
何はともあれ、あと1週間です。
来週の今日、11日水曜日の夕方には、母は家に居ます。
 
母と僕の、介護の第二幕が、1週間後から始まります。
 
台本も何もなく、全てがアドリブなので、先の事はさっぱり分かりません。
でも、どうせやるなら、
 
 明るく楽しく元気よく!
 
笑って過ごせる介護にしていこうと思います。
 
泣き言言ったり愚痴を言ったりしながら..ですが(笑)
 
仕事をしながらなので、色々手薄になるのですが..
母に負担を掛けないように、がんばるぞ!
 
 
 

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