たーざんの話。
たーざんとは私の夫のことです。
中越大震災の日は、彼は仕事が休みで、実家に帰ってました。
私は遅番の仕事で、昼から施設へ。
重度の知的障害及び自閉症の方が入所している施設です。
遅番なので、本当は夜21時過ぎには帰れる予定でした。
折しも紅葉の頃。
明日は休みなので、魚沼のたーざんの実家まで紅葉を見に行くつもりでした。
ところが夕食時…
震度6クラスが立て続けに3回。
ずっとその後も余震が続き、震度5も何度もきて、夜中どころかあくる日もひっきりなしに余震が。
翌朝、園長や他の職員が来たことで私は一旦アパートに帰るよう言われ、それでも昼から施設内の片付けに出ようと仮眠を取りに戻りました。
途中の道路は、デコボコに陥没したり隆起したりこれでもかと言うほど酷い状態になっており、車の走行はかなり危なく
山向こうのたーざんには、国道17号線がストップしたから少なくとも1週間は会えないだろうと腹をくくり、
うちのアパート、潰れてるかも、と覚悟しながら帰りましたが、意外にも部屋の中は思ったよりも被害がなく、余震の中ウトウトしたりしていたところで
なんと郵便屋さんが荷物を持ってきてくださり、仕事続けてらっしゃるんだ、凄いなと感心していたところへ
自転車姿のたーざんが…
(@◇@;)
片道、40キロはありますよ!
しかも、通ってきたのは山道の方!!
思わず「自転車かい?!」とツッコむ。
余震もかなりあった。
山道は妙見よりも崩落箇所が多かった!
(後で車が開通してから見に行った時の酷さったら…)
人間技ではないと思った。
ちなみに。
帰ってきた理由。
「お前下手したらずっと職場にいただろ! 誰がアパートの中の物取りに行くんだ!」
そっちかい!!
(^▽^;)
あまりの揺れに、アパートが絶対倒壊してると確信したのは、私だけではなかったらしい。
その予想に反して、大丈夫だったけど。
お互い生きてるのわかってたし、たーざんの実家の被害もそう大きくなかったのでした。
その話を後になって友達にしたら、皆がものすごくビックリし、
「私のダンナだったら絶対にそんなことしないわ!!」
…普通誰もせんわ。
かくして、うちのダンナのあだ名がたーざんになったのでした。