ああああああああ

 

別居三年目にしてしろちゃんが離婚訴訟を起こした・・・

 

 

覚悟していたけれど、

いざ対峙しようとすると

胃のあたりがずーーーーんと重たい。

 

絶対にまた傷つくもんなあ。

 

47歳のBBAだって

だんなさんからひどいこと言われたら泣いてしまう。

 

 

今日はうだうだぐちぐち同じことをずっと考える日のようで・・・

 

離婚に同意してさっさと条件のすりあわせにはいるべし!!

 

という至極まっとうな意見のぽてへいAと

 

でもさ~、なんだかんだ現状維持が一番じゃない?っていうぽてへいBがそれぞれの意見を頭の中でぐるるるるるるr

 

 

多分世の中の大多数がぽてへいAの意見に賛成かと思う。

うちの両親もそうだし。

私自身もそりゃそうだと思う。

 

 

しかし、どうしてもぽてへいBがでてくるんだよね。

 

しろちゃんは「双極性障害疑い+α」(本人病識なし)

 

躁状態もしくは混合状態だと人の話は全く入っていかない。

・・・人っていうか私の話は全く入っていかない。

 

なんせ私は敵。

病気の原因。

憎むべき相手。

 

でもさ、どうやら「自分を許してくれる相手」に牙をむくみたいなんだよね。

 

諸油状はコントロールできないとは言いつつも、ちゃんと相手を選んでいる。

 

選ばれたほうはたまったもんじゃなんだけどさ、

それだけわたしに「受け止めてもらいたい」っていうことなんだと思うと、しろちゃんのつらさを無視できない。

 

それに鬱に落ちればちゃんとわたしと話ができるようになるんだよね・・・

 

でもそれがいつなのかさっぱりわかんない。

 

ここ三年は鬱に落ちた時が分からなかった。

 

いやちょっとわかったんだけど、鬱に落ちているなら連絡してくるかなと思って待っていたら連絡が来なかった。

 

でも、どんな病気でもそうだと思うけど、

双極性障害は薬を飲んでいないと重症化していく。

 

たいていの場合悪化して躁と鬱の波が大きくなるし、その波の頻度も短くなる。

 

次の鬱で「助けて」と連絡が来たら?

 

適切な医療につないであげることができるとしたら?

 

 

 

もう一緒に暮らせるとは思ってはいないけど、

「病状が落ち着いているしろちゃんとこどもたちがたまに会う」

ということがどうしてもどうしても捨てられない。

 

 

いま離婚したら、躁状態でわたしと子供たちを憎んでいるしろちゃんと離婚したら、それは絶対に叶わなくなってしまう。

 

ぽてへいA「んなこと言ったって3年のあいだ、いちども子供たちを気にかけてきたことなんてなかったじゃないの。子供たちが送った手紙に返事もなかったし、クリスマスカードお願いしたときもできないと断られたんだから。もうしろちゃんは自分のことだけで精一杯なんだよ。しろちゃんが生きているならいいじゃない。しろちゃんが幸せならいいじゃない。離婚してあげようよ。」

 

 

 

うん、ぽてへいAよ。わかる。わかるよ。

 

 

 

ぽてへいB「本当に後悔しない??しろちゃんが病気だって一番わかっているのはわたしなのに、病気の症状だってわかっているのに、いいの??大好きなしろちゃんがこどもを本気で憎んでいると思うの??」

 

 

 

まだまだ頭の中で考えがぐるるるるるるるる