昨晩視た夢の話。
そもそも、夢を視るのは、私にとっては珍しいことだ。
だから、その内容を覚えてることも多い。視る夢の多くは、かつての友人や恩師が見境無く出演する寸劇のようなもの。
昨晩視たのは、かつての恋人と言葉を交わす夢だった。
ずいぶん前に、他所に男を作った輩で、夢の中でも変わらず、蟠りは残したままだった。
あの出来事からかなり経つのだが、未だに私にとっては一種のトラウマなのだろうか。
確かに、奴がのうのうと生きているのは癪に障るが。まぁ、所詮は他人事だ。恨んでも得るものは無い。
せめて夢の中くらい、悲しい記憶を捨て去って一時の安楽に興じたいものだが、そう簡単なことでもないようだ。
夢の中で語ったことはもう覚えていない。ただ、私が必死だったことが妙に印象深かった。
また仲の良い友人になれれば良い、とでも思っていたのだろうか。
目覚めた後の私には、それがわからなかった。向こうから振っていった関係だというのに、私が必死に仲を深めるのは、滑稽というものだ。相手は私を歯牙にも掛けぬ。
なぜあんな夢を視たのか、わからない。しかし、私が視る夢の多くは、旧友や恩師に会い、また親しく言葉を交わすことが多い。寂しいのか。もしくは虫の知らせか。
もしくは、自然消滅する交友に、寂しさを感じているからかもしれない。
"袖触れ合うも多生の縁"と言うが、私は、自ら結んだ縁は、大事に育みたいと思っている。
ただ、時の流れでその縁が薄れていくのが、無性に悲しいと感じる。もっと縁を活かすことができれば、もっと面白い日々を作っていけるかもしれない。
私は、時を流すことでそのチャンスをみすみす逃しているような気がする。それが、悲しい。
昨晩視た夢はさることながら、旧友・恩師が出てくる夢を視るたび、彼等は達者だろうかと考える。
案外、旧友や恩師との息の長いふれあいは、そういったひょんな事から始まり、深まっていくのかもしれない。だとすれば、夢を視るのも悪くない、そう思うのだった。