昭和47年、25年ぶりにサイパンを訪ね、九七式中戦車がごみ捨て場に放置してあるのを発見した瞬間、強い衝動にかられた私は、「なんとしてでも、この戦車を帰国させてやりたい。戦友たちの霊を弔いたい」と思った。


玉砕の島サイパン島から朽ち果てた九七式中戦車を掘り起し、日本へ持ち帰った元戦車兵がいました。

戦車第九連隊戦車兵 下田四郎氏です。

下田氏は昭和16年満州の戦車第九連隊に入隊。

昭和19年サイパン島へ派遣され、米軍との戦闘に参加。

激戦の中、乗車していた戦車は破壊され擱座するも、命は助かり仲間と共にジャングルの中へ逃げ込みます。

その後15か月間のジャングル生活を経て終戦を知り、米軍へ投降し収容所生活を送り、昭和20年12月末に復員しました。

そして25年ぶりに訪ねたサイパンで、放置されている九七式中戦車を発見したのです。



下田氏は3年間で渡航13回、現地宿泊150日という時間をかけ、サイパン行政府と交渉を重ねました。

「戦友たちを弔いたい」と言う気持ちと、下田氏の活動を知った周囲の協力で2輌を帰還させる事ができました。


靖国神社と若獅子神社で保存されている2輌の九七式中戦車は、下田氏の粘り強い努力と、周囲の善意により帰還したものです。



内容(「BOOK」データベースより)

玉砕の島サイパンから、私財をなげうち戦車を持ち帰った男がいた!陸軍戦車隊の苛烈な死闘と悲劇のドラマが今ここに甦る。

慟哭のキャタピラ―サイパンから還った九七式中戦車/下田 四郎

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