鳥巣清典の時事コラム1642「GPIF 昨年度5兆3000億円余の赤字」 | 絶対に受けたい授業「国家財政破綻」

鳥巣清典の時事コラム1642「GPIF 昨年度5兆3000億円余の赤字」

GPIF 昨年度5兆3000億円余の赤字

公的年金の積立金を運用しているGPIF=年金積立金管理運用独立行政法人は、昨年度の運用実績について、中国経済の減速に端を発した世界同時株安などの影響で、5兆3000億円余りの赤字になったと発表しました。

公的年金の積立金を運用しているGPIFは、29日午後、昨年度(平成27年度)の運用実績を発表しました。おととし10月に運用方針を見直し、国内株式と外国株式の割合を、それぞれ12%から25%に引き上げたあと、年度を通した運用実績が発表されたのは初めてで、5兆3098億円の赤字、収益率はマイナス3.81%となりました。

GPIFは、去年8月の中国経済の減速に端を発した世界同時株安などが影響したと分析していて、GPIFの単年度の運用実績が赤字になるのは5年ぶりです。収益の内訳は、国内株式が3兆4895億円の赤字、外国株式が3兆2451億円の赤字、国内債券が2兆94億円の黒字、外国債券が6600億円の赤字などとなっています。

これにより、GPIFが運用する積立金の総額は、ことし3月末現在で134兆7475億円となりました。また、GPIFは、今後の運用の透明性を高める一環として、平成26年度末時点で保有していた、すべての株式や債券の個別銘柄と時価総額を、29日に初めてホームページなどで公開しました。

GPIF理事長「給付額に直ちに影響ない」

GPIFの高橋則広理事長は記者会見で、昨年度の運用実績が赤字になったことについて、「去年8月上旬までは明るい市場運用状況だったが、中国の人民元の引き下げ報道などをきっかけに、特に株式市場が下がっていく状況になった。運用実績の数字を謙虚に受け止めて今後の運用に生かしたい」と述べました。

そのうえで、高橋理事長は年金給付額に与える影響について、「毎年の給付は、その年の保険料と国庫負担でおおむね賄う仕組みになっている。積立金が短期間で上下しても、受け取る給付金には直ちには影響が出ない。少しでも年金財政の安定に資する形で運用している」と述べました。

また、高橋理事長は、保有する国内外の株式の割合を引き上げたことについて、「株価の下落が大きく響いてトータルではマイナスとなった。しかし、日本の国債で収入を得るのは非常に難しい局面に入ってきているので、価格の変動はあるかもしれないが、外国の債券や外国株式、日本の株式に分散投資して利息や配当など収入の多様化が図られてきたのは非常に大きな利点だと考えている」と述べました。

厚労相 短期的な変動に過度にとらわれるべきではない

塩崎厚生労働大臣は閣議のあとの記者会見で、「年金積立金の運用は、リーマンショックなどの大きな市場変動があっても、累積では大幅な収益を確保している。短期的な評価損があったとしても、年金財政上の問題は全く生じず、年金の給付額に影響を与えるということもありえない。年金積立金の運用は、長期的な観点から行うもので、短期的な変動に過度にとらわれるべきではない」と述べました。そのうえで、塩崎大臣は「国民の老後を支える年金が将来にわたって、きちんと確保されることが何よりも大事なので、引き続き、年金積立金の運用については適切に対処していきたい」と述べました。

野党からは批判「参院選終わるまで隠していた」

公的年金の積立金の昨年度の運用実績が発表されたことを受けて、民進党は、国会内で会合を開きました。この中で、山井和則国会対策委員長代理は「例年は7月上旬に発表していたものを、参議院選挙があるからと言って、きょうまで5兆円余りの損失を隠してきたことに強く抗議したい。国民の年金を政治利用し、アベノミクスと称して目先の経済政策のためにリスクにさらしたものだ」と批判しました。民進党はGPIFに対し、おととしの運用方針の見直しが無かった場合の収益の試算を求めるなどして見直しが適切だったか追及していくことにしています。

共産党の小池書記局長は記者会見で、「アベノミクスの株価対策のために、国民の大事な年金資金を利用し、大きな穴を開けた安倍政権の政治的な責任は、極めて重大だ。また、公表の時期も、参議院選挙が終わるまで隠していたととられてもしかたがなく、安倍政権の隠蔽体質が表れている。国会でこれから追及していきたい」と述べました。

「リスクや損失 国民に説明し理解求める工夫を」

明治大学公共政策大学院の田中秀明教授は「公的年金は、現役世代が払った保険料がそのときの高齢者に回る仕組みで、運用収益の年金収入全体に対する割合は1割弱だ。運用してもそれほど影響はない」と話しています。

その一方で田中教授は、想定した運用利回りが目標を大幅に下回った場合のリスクについて、「給付の削減、もしくは保険料の引き上げ、あるいは税金の投入などが必要になる可能性はある。GPIFは、国民に対してどれくらいのリスクをとるのか、あるいは損失が出た場合、誰がどう責任を取るのか、絶え間なく説明し、きちんと理解を求めるという工夫が必要だ」と話しています。

「将来の減額につながる非常に深刻な問題」

日本総合研究所の西沢和彦主席研究員は「今の年金の仕組み上、損失が発生すれば、将来の世代の年金の減額となって表れてくるので、非常に深刻な問題だ。『損失が発生した場合には、保険料を引き上げたり、給付を抑制したりするが、それでも国民の皆さん、いいですか』という問いかけを本来すべきだ。基礎年金までも運用成績が悪いことによって給付水準が低下してしまうことになるとすると、われわれが基礎年金に対して抱いている最低生活保障的な期待が裏切られてしまう」と話しています。

「ポートフォリオの改革 着実に前進」

アメリカのコロンビア大学の伊藤隆敏教授は「これによって直ちに受給額が下がるということはない。おととしは15兆円の黒字で、その前の年は10兆円の黒字だから、たとえ5兆円、6兆円の赤字が出たとしても、この3年間で見れば、ものすごい利益を上げているということで、ポートフォリオ=運用割合の改革は着実にうまくいっている。むしろリスクを避けて、100%債券、あるいは100%日銀に預けて現金で持つと言えば、今のペースでは20年でゼロになるから、それこそ今、40歳以下の人はもらえない」と話しています。

“世界最大級の機関投資家” GPIF

GPIFは厚生年金と国民年金の積立金の運用を行う独立行政法人で、運用資産の総額がおよそ134兆円に上る世界最大級の機関投資家です。年金積立金は将来の年金給付の貴重な財源だけに、法律で、運用は「長期的な観点から安全かつ効率的に行う」ことが求められています。

GPIFは、現在、農林中央金庫出身の高橋則広理事長をトップに金融機関などの出身者や証券アナリストを中心とする98人の役職員が、経済情勢の分析や運用方針の決定を行うほか、民間の信託銀行や投資顧問会社などの運用の委託先を指導しています。年金の積立金を、どの資産に、どの程度の割合で投資するかという運用方針は、GPIFの運用委員会の審議を経て決定され、厚生労働大臣の認可を得ることになっています。

運用実績は経済情勢によって毎年変動があり、リーマンショックが起きた平成20年度は9兆3400億円余りの赤字となった一方、平成26年度は株価が堅調に推移したことなどから過去最高の15兆2900億円余りの黒字となりました。

超低金利で運用方針見直し 株式市場の”鯨”

GPIFは、おととし10月、公的年金の積立金の運用方針を見直しました。国債などの国内債券の割合は60%から35%に引き下げられ、外国債券は11%から15%に、国内株式と外国株式はそれぞれ12%から25%に引き上げられ、株式の割合がほぼ倍増しました。

株式の割合を引き上げた理由について、GPIFは「超低金利の中、国内債券中心の運用では高い利回りが期待できず、将来、年金財政を維持するのに必要な積立金を確保するのが難しくなる」などとして運用の収益性を高めるためと説明しています。一方、「株式への投資を増やしたことで、株価の変動の影響を受けやすくなった」として、リスクのある運用だと懸念する声もあります。

国内の株式市場で運用している資産の額は、ことし3月末現在で30兆円と、資産全体の21%に上っています。そして、GPIFが保有する株式の時価総額は、東京証券取引所1部に上場している株式全体の実に6.1%を占めています。こうした株式市場での存在感の大きさから、金融業界ではGPIFを「池の中の鯨」と例えることがあります。例えば、大幅に値下がりした銘柄の株価が急激に回復した場合に「GPIFが大量に買ったのではないか」という意味で、「鯨が動いたのではないか」といった表現が使われます。

資産運用会社、いちよしアセットマネジメントの秋野充成執行役員は「多くの投資家が短期間で株式の売買を繰り返す傾向が強まるなかで、株式を中長期的に保有する特徴があるGPIFは、株式市場を支える意味でますます大きな存在となっている」と話しています。