鳥巣清典の時事コラム906「田岡俊次氏=安倍首相は『米中が対立関係』との思い込み脱却できず」
米中親密化進み安倍首相は厄介者に 北朝鮮は「先軍政治」に戻り核実験強行か ――軍事ジャーナリスト・田岡俊次氏
(ダイヤモンドオンライン 2014年01月16日掲載) 2014年1月16日(木)配信
たおか・しゅんじ軍事ジャーナリスト。1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、編集委員、筑波大学客員教授などを歴任。動画サイト「デモクラTV」レギュラーコメンテーター。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』など著書多数。
2013年は日本が大きな転換に踏み切った年だった。経済面では何と言っても「アベノミクス」に尽きる。黒田日銀が「異次元金融緩和」に踏み切り、10兆円を超える補正予算も手伝って、日本経済は回復基調に入った。さらに、2020年の東京オリンピック開催も決定、楽天の田中将大投手が24連勝という前人未踏の大記録を打ち立て、同球団は初の日本一にも輝いた。総じて日本経済には明るい雰囲気が戻りつつある。一方、安倍首相は年の瀬になって靖国神社に参拝し、日中、日韓との関係改善はさらに遠のいたようにみえる。
さて、新年はまず4月に消費税増税が実施される。景気への影響が懸念されるものの、財政再建には道筋がついたとは言い難い。さらに緊張高まる東アジア情勢に、安倍政権はどう対処するのか。2014年は午年。軽やかに駆け抜けることができるのか、暴れ馬のごとき年になるのか。経営者、識者の方々にアンケートをお願いし、新年を予想する上で、キーとなる5つのポイントを挙げてもらった。
■①米中関係の親密化が進み、安倍首相は厄介者になるか?
「財政再建・輸出倍増」を国家目標とする米国は、中国からの融資・投資の確保と急拡大する中国市場への一層の進出をめざし、中国に対する「コンティンメント」(封じ込め)は考えず、「エンゲージメント」(抱き込み)をはかる、と明言している。中国はそれに応じ、米国と「不衝突、不対抗の大国関係」を目指す、とする。
経済だけでなく軍事面でも今年「リムパック」(米海軍が主催する環太平洋合同演習)に中国海軍が参加し、アナポリスの米海軍兵学校に中国海軍士官候補生が入校、制服上級幹部の交流も拡大するなど親密の度が加わる。
だが、日本では米中が対立関係にあるような思い込みから脱却できず「日米韓豪の連携強化で中国に対抗」とか「中国包囲網」など、現実離れした論が強い。これは米国の親中政策に障害となるから、米国は安倍首相の靖国神社参拝を非難する声明を出したり、バイデン副大統領の訪日の際、防空識別圏撤回を求める日米共同声明を出すことを拒否するなど、安倍首相に組みしない姿勢を中国向けに示している。米国は基本的に親中、日本は反中である以上、今年もこうした現象が次々に起きるだろう。
【鳥巣注】
松村劭元陸将補の遺稿『アメリカの戦争』には、こんな記述がある。
<弱く、はかなく、そのくせに欲張りで怖がりな人間>--これは、「戦争論」を語るときの枕詞(まくらことば)であった。<(そんな人間)が自由・民主制の国家を造れば、国家は多くの規制によって個人の不道徳性を取り締まらないかぎり、その国は船長のいない漂流船になってしまう。おそらく中国の共産主義独裁政権が倒れるか、自由・民主政権に脱皮するとすれば、シナ大陸には「統治は北強、反乱は南源」の傾向があるので中国は数個の国家に分裂する可能性が高い。>
実は、松村氏からは、私には”願望”とも感じられたが、「中国分裂説」を何度か聞いた。
続けて、
<もう一つは中国民族の2千年以来の商業主義的な特性である。これはアメリカナイゼーションの資本主義に猛烈な抵抗を起こすであろう。すなわち中国には契約文化がないからであり、借りたものは貰ったものだとする商感覚が存在するからである。従って中国市場が自由の風に門戸を開く可能性と公算は極めて低い。>
次に、アメリカについて述べている。
<そのような観点から観ればアメリカの夢「中国市場の獲得」と「シナ大陸に自由主義を普及する」ことはアメリカの矛盾に満ちた一対(いっつい)の戦略であることに変わりはない。巨大な中国市場を獲得するという100有余年の夢は未だ達成されていない。現実には自由主義的な交易に対して恣意的に制限を加える独裁政権が中国市場を支配している。「古来、閉鎖的国家の門戸を開放するには、究極的には軍事的圧力が必要である」というのが歴史の教訓である。アメリカに対して門戸を閉じているか、垣根のある門戸を完全にこじ開けることはアメリカの主要戦略目標である。それがゆえアメリカのフロム・シー戦略の重点は西太平洋からインド洋に指向されることは、ほぼ間違いない。もちろんアメリカ軍事力の主力が西太平洋とインド洋に展開するのは当然である。
このことは日本に対して日本周辺の海域における制海権を獲得してアメリカに協力するように要請することは必然の傾向と考えてよいだろう。問題は日本を従来通りの従属的地位に留めて置くのか、大西洋におけるイギリスとアメリカの関係のように対等な軍事同盟の地位を認めるか否かである>
そして、
<誤解してならないことは米中関係についての中国側の「米中関係は戦略的パートナーシップの関係」の表現である。ここで言う戦略とは国家戦略であってそれぞれが対外政策において国益を追求することである。国益において大陸国家と海洋国家が同じくすることは難しく、また国体(constitution)を異にし、アジア・太平洋地域における覇権は、米中で取り仕切り、他国に介入させないという姿勢を表明していることにほかならない。アメリカ軍の運用は(中略)限定戦争を断続的に行い、相手国の戦争国力と戦争意志の消耗を狙う作戦の方向にアメリカ軍の風潮が動くことである。このことは日米同盟にもとづく米軍の作戦を想定するために重要な視点になることは間違いない。>
さらに、
<日本は北朝鮮の核開発問題と拉致問題に直面している。それを解決する手法は中東戦争に学ぶことがアメリカ軍の将来傾向にもっとも合致するだろう。すなわち、日本は独自の消耗戦争戦略を北朝鮮に対してぶつけることにほかならない。>
片や軍事ジャーナリスト、片や元自衛隊陸将補であるが、軍事のプロはこのように思考を展開する。