地鶏 -38ページ目

地鶏

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人間にも慣性の法則がある。

止まっている人は、止まり続けようとする。

動いている人は、動き続けようとする。

 

出来るなら、動き続ける後者でありたい。

人生は動けば変わる。

 

 

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

「蚊激な宮古島の夜」

 

日本東西南北の最端を制した自転車旅も折り返し点を過ぎた。いよいよ関西に向てペダルを漕ぎ始める。

西表島縦断トレッキングとサトウキビ刈りアルバイトの疲れを石垣島キャンプ場で癒やした後、トライアスロンで有名な宮古島に立ち寄った。

思いもよらず宮古島では珍事件が多発する日々となった。

 

宮古諸島の4月の気候はこちらの初夏の陽気さに匹敵する。

沖縄本島と八重山諸島に挟まれた宮古諸島は、大小6つの島(宮古島、池間島、来間島、伊良部島、下地島、大神島)で構成されている。人口は約55000人、人口の大部分は宮古島の平良集落に集中しており、島はおおむね平坦で、低い台地状を呈して山岳部は少なく自転車で走りやすい直角三角形のような形の島だ。

 

 

平良集落周辺を自転車で散策し、適当な野宿ポイントを港近くの公園に定めた。そしてまだ20時過ぎではあったが、簡単な夕食を済ませるとその後は特にすることもなく、あずま屋の下で寝袋にくるまって就寝体制に入った。

キビ刈りの疲れはほぼ回復し、久しぶりの野宿に気持ちは高揚していた。数か月間、小浜島では布団で寝たし、石垣島キャンプ場では身の安全が保障された状態での生活だった。

野宿の喜びは大地の鼓動を全身で感じ、そのエネルギーを吸収しているような気持ちになること。不安ではあるが生活を自力で切り盛りしている充実感がある。

多少ドキドキハラハラ感で心地いい眠りについたのだった。

 

「うおいっ」

 

すっかり眠りについた深夜に突然、頭上で男の声がした。

寝袋にくるまってはいるものの頭はすっぽり外に出ている。目の前には一人の男が立っていた。公園の外灯が照らす男は、酒臭い息を吐きながら寝袋をはぎ取った。

 

「うおい、眠い。そのフトンかせさぁ」

 

男は、瞬く間に寝袋にくるまり、いびきをかき始めた。

こういう旅を続けていくとたまに変人が出現する。無茶苦茶な要求も素直に応じるとほとんど被害はない。どうしてもヤバイと感じると逃げるのがベストだ。

 

 

現在の学校教育では、「知らない人と関わってはいけません。知らない人と話をしてはいけません」、という指導が徹底周知されている。

自転車旅の経験から言えるのは、この知らない人にどれだけ助けられたか数えきれない。自転車旅では知らない人と関わることによって明日への活力や自己の成長があったと言える。どのような人でも真剣に相対すると案外楽しめるものだ。また場数を踏むと自然と危険予知能力が磨かれていく。

結局、朝までその酔っぱらい男は寝袋で寝ることになった。宮古島は不思議な島だ。実はその夜、深夜徘徊している酔っぱらいはその男だけではなかったのだ。道路や公園を酔っぱらいの千鳥足でうろつく男が何人もいた。不思議に思っていたがその謎と意味は翌日理解できた。

 

 

翌日、宮古島から伊良部島に渡った。そして遠浅の美しい海岸が広がる日和佐の浜でテントを張った。

 

 

日が沈んだ頃、続々と島の男たちが、テント横の海岸に集まってきた。そして円座になり宴会が始まった。

 

「はは~ん、これはオトーリというものだな」

 

と理解した。

宮古島にはオトーリと呼ばれる島に深く根付いた伝統的習慣があるのだ。これは泡盛をグラスで一気に飲み干し、杯を回す独特の飲酒作法である。

「オトーリ」を始めるには、まず、親になった人が7対3ぐらいに割った泡盛を入れたグラスを持って「口上」と呼ばれる挨拶をする。

 

「今日は、この仲間と飲めることが非常に楽しいさぁ」

 

などと、集まった人へ気持ちを伝えてもいいし、島の人たちは

「免許が取れました」

「彼女と仲直りできました」

などと報告をする場合もある。

そして親は「ありがとうございました」とグラスのお酒を飲み干し、そして隣の人にグラスを回す。メンバーは順番に親から注がれた酒を飲み回していくというものだ。

このオトーリは旅人情報交換で何度か耳にしていたものだった。

ひょっこりとテントから顔を出すといい感じに仕上がった赤ら顔のおじさんが、声をかけてきた。

 

「兄ちゃんもオトーリにはいれさぁ」

 

この言葉でオトーリの仲間に加えてもらった。

自転車旅の動機やいきさつなどを口上した。

そこから別名「夜のトライアスロン」とも言われるこの「オトーリ」は、一度はじまったら最後、深夜遅くまで延々と回り続けたのだった。

記憶を失うほど浴びるほどに泡盛を飲み続け、そのままテントで爆睡。

 

 

翌朝、なんとも言えない寝苦しさで目が覚めた。

強い二日酔いの眠気まなこ。

なんだか様子がおかしい。

なんだかテントの中が黄土色で煙たいのだ。

火事だ、いや違う。

メガネを探し、その煙を払おうと手を左右に動かすと、プチプチと手に何かが当たる。

思わず手を叩く。

手のひらが真っ赤に染まる。

「なんだ、何だ、何が起こっているんだ。」

と思った瞬間、全身に激痛が走った。と同時に、異常なかゆみと痛みを覚え、ブァーンという地響のような音が、耳元で鳴り響く。

再び手を叩くと手が真っ赤に染まる。

蚊だ。大量の蚊だ。

おびただしいほどの大量の蚊が、二酸化炭素を存分に発散している、ありとあらゆる皮膚に喰らいついていたのだ。

Tシャツ短パン姿の肌露出箇所のありとあらゆる全身が、ボコボコに腫れ上がっている。

頭、髪の間、まぶた、鼻の中、脇、耳裏、腕、足裏まで、全身数百箇所が蚊の餌食となった。

 

吸血蚊たちは、泥酔し切った愚か者が寝静まった深夜、僅かに空いたテントの隙間から侵入し、愚か者の剥き出しとなった皮膚を目掛けて数千匹単位で攻撃。

吸血鬼たちは、愚か者の新鮮な血液を1リットル単位で摂取したのだ。

手のひらの鮮血は己の血だ。

蚊柱に取り囲まれたら、一冠の終わり。

弱った牛の命などいとも簡単に葬り去ることができる、戦闘能力を兼ね備えた純血野生蚊だ。

ごく小さなものでも、強大なものを制することができる「蚊虻走牛」が蚊の恐しさを表している。

その夜、野生の獰猛な蚊柱の大群が我テントに襲来したのだった。思い出すだけでもゾッとする。

 

 

起こる出来事は誰にも予測できない。

蚊に刺し殺されそうになるなんて思いもしなかった。

深夜、寝袋が剥ぎ取られるなんて想定外だった。

しかし、起こる出来事は全て中立。

良くも悪くもなく、ただ色付けしている自分がいるだけ。

自分の心のあり方次第で見える景色が変わっていく。

死ぬこと以外、かすり傷と思えばいいのだ。

だから、一寸先三段活用で、人生の見方を変えていくのだ。

 

第一段階「一寸先は闇」。

起こる出来事は見通しが立たず、不安に過ごす負け組思考。

 

第二段階「一寸先はハプニング」

思いがけない出来事は偶然の巡り合わせと期待する勝ち組思考。

 

第三段階「一寸先はフェスティバル」。

起こる出来事はすべて祭り、もしくはパラダイス状態。ワクワク感が止まらない楽しみ組思考。

 

進む道は、不安から期待へ。そして、ワクワクする希望へと見える景色を変えて行け。

目の前が真っ暗で見通しが利かない世の中でも、ハリネズミのようにビクビクして不安を抱えて生きるより、起こる出来事はハプニングと受け止める。そして、人生一度きりなんだから、何事も楽しんでしまおう。

これが自力旅の醍醐味なのである。

 

 

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果報は動いて待て。

自信はあとからついてくる。

 

偶然は準備のできていない人を助けない。

 

 

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

「西表島縦断記」

 

小浜島を離れ、八重山諸島の玄関口である石垣島で再びキビガリ隊は集結した。

 

 

「その存在は一部のイノシシ猟師にしか知られていない幻のマヤグスクの滝をこの目で確認すること」を目的に1泊2日の西表島縦断旅を実行するためだった。

その秘境は西表島の中央に位置し簡単には行くことが出来ないということだった。

西表島は、特別天然記念物に指定されているイリオモテヤマネコで有名な島で、本島に次ぐ面積を持ちながら島全体の90%が亜熱帯のジャングルに覆われている。

東洋のガラパゴスと呼ばれるサソリやハブなどの毒虫をはじめ多彩な生態系が存在している魅力的な島なのだ。

 

 

この島をキビガリのアルバイト後、歩いて縦断しようではないかという計画を立てていたのだ。そうしてキビガリを終えた隊員6名が集結し、西表島縦断探検隊が形成されたのだ。

いつも歩く道を離れ、未踏の森に飛び込めば、新しい物が見つかる。

 

探検隊は石垣島から西表島・上原港へフェリーで移動する。

縦断トレッキングは、八重山警察と沖縄営林所への届け出が義務づけられていた。観光パンフレットにはあまり紹介されていない。それは遭難の恐れがあるためだ。

まず上原駐在所と森林事務局へ出向き諸手続きを申請。

沖縄県最長の浦内川の遊覧船に乗って上流の船着場に移動。軍艦岩を起点に山道を40分ほど歩くと、日本の滝100選に選ばれているマリュードの滝、さらに進むと壮大なカンピレーの滝が目の当たりに迫る。

 

 

この2つの滝が西表島縦断旅の始まりとなる。

ここから生物の濃密な気配のする亜熱帯のジャングルが16キロに渡って続くのだ。

キラキラの昆虫や、けたたましい野鳥の鳴き声におびえたり、見たこともないような大きな規格外の植物をかき分けながら登山道をガシガシ進む。

 

4番目を歩く。

これにはちょっとした理由があるのだ。

ハブ対策で草むらを一列に並んで歩く時、何番目が一番安全かという問題。

草むらで寝ているハブは、一人目が歩くときに目を覚ます。

二人目の時にとぐろを巻いて攻撃体勢に入る。

そして三番目に歩く人をガブリと噛みつく。

最も危険なのが三番目と言われている。

3番目はそんなことを知らない与那国雷鳴事件で苦難を耐え凌いだ田中君を歩かせる。

俺はやや怯えながら、田中君の後を歩く。

知らぬ間に前を歩く田中くんの腕に黒い塊がついている。よく見るとそいつはヒルでいつの間にか吸いつかれTシャツが赤く染まっている。

 

 

「ひぇ〜、しんじさん、取ってください。」

 

まるで映画「スタンド・バイ・ミー」の世界のようだと探検隊気分で、数時間ひたすら歩き続けると小さな沢に出た。

マヤグスクの滝は浦内川の支流、イタジキ川の上流に位置する。

マヤグスクの滝に続くと思われるその沢を登っていくとそこには階段状の絶景が広がっていた。

その段々になった滝は流れの中を登ることができ、滝上は畳100畳ぐらいの平らなテラスになっていた。その奥が切り立った崖になっているので、滝上から下を見下ろすと大きな劇場の舞台の上にいるような気分になった。

これがマヤグスクの滝であった。

しばらく眼下に広がる絶景を楽しんだ。

 

 

探検隊は、支流から縦断道に戻り、野宿をするためテントを設営し簡素な食事を取り就寝体制に入った。

この夜、漆黒の闇というものを初めて体験した。

外灯など人工的なものは何一つ存在しない亜熱帯の深いジャングルに囲まれた森は完全に月や星の光をさえぎっていた。

純度100%の暗闇だ。

わずか30センチ先の視界が利かない。

これが漆黒の闇というのもだな、と感心していた矢先、今度は急に周囲が明るくなったのだ。

テントから顔を出すと漆黒の闇にホタルが舞っている。

そのわずかな光の数々が周囲を照らしていたのだ。

漆黒の闇を照らす無数の蛍の光だった。

何とも言えない幻想的な雰囲気に包まれた西表の夜となった。

 

 

翌日8時、出発点とは対岸の集落である大原に向けて歩き出す。道なき道を歩き続ける。

荷物が肩に食い込み疲れる。

喉が乾く。

至る所に沢がある。天然の山水だから、飲料しても問題はない。でも生ぬるく気持ち悪いので我慢する。

ひたすら歩き続け、ようやく16時に目指す大原に到着。

のどを潤すキンキンに冷えたオリオンビールが飲みたいとずーっと渇望しながら歩いていた。

大原の集落の商店で待望のオリオンビールを買い、無事に縦断が達成できた喜びで乾杯。

一気に飲みほす。このときのビールのうまさは我が人生で味わったベスト3に入るほどの体にしみわたる素晴らしいものだった。

 

 

面白そうなことにすぐに反応できるか。

それが面白い未来を引き寄せるコツである。

 

 

 

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

「キビガリ体験 アンビリバボー」

 

やり遂げた時は手の皮がむけるが如く、心の皮もひと皮むける。

難行苦行の日々だと聞いて始めたサトウキビ収穫アルバイトは、まさにその通りになった。

掌のマメは3回つぶれ、日焼けで肌は4回むけて真っ黒になった。おまけに斧を毎日握っているためか指はうまく動かせなくなった。

57日間に渡るフルマラソンを毎日走るような激しい日々が過ぎていった。

長期間働き、寝食を共にする共同生活の中には、仲間と衝突し、相手を深く理解することもあった。

 

 

 

例えば、ある晩こんなことがあった。

照る日も降る日もキビを刈り続け心身共に疲れのピークを迎えていた時期だった。違う価値観を持つ者同士が小さなプレハブ小屋で共同生活を送っている。知らず知らずのうちに他者への遠慮、ストレスなどが溜まっていた頃にいつものようにキビガリ隊員で酒盛りをしていた時のことだ。

 

 

ある隊員の発言がきっかけになり、考えさせられることがあった。

その隊員はY君という青年でなるようにならない人生に悩んでいた。

今のままの自分じゃいけないと思っていたのだろう。

ちょうどY君は徒歩で日本1周している最中にこの島にやってきた。普段は口数の少ない寡黙な青年だ。

しかし、いったんアルコールが入ると性格が180度豹変して、喋りまくるわ、暴れまくるわ、の手のつけられない状態になる特異な性質を持つ青年だった。

その夜もアルコールが少しずつY君に注入され、彼の人格がいつものように崩壊しようとしていた時、彼はいきなり激怒し叫んだ。

 

「ケンさんは言ったけど、何も変わらなかったじゃないか。」

 

ケンさんとはお世話になっている小浜島ファームの社長さんだ。このアルバイトが始まる時、ケンさんは、Y君に対しキビガリが終わる頃にはお前を変えてみせる、と約束したのだそうだ。

人と付き合うことが苦手なY君は、何かを求めてこの島にやってきた。

 

「自分を変えてもらえる。そう期待していたけれど、なにも変わらないじゃないか」

 

とY君は愚痴っているように僕には映った。

そのY君の発言に対してある隊員はこう言った。

 

「Yはそういうけど、ケンさんはYを変えるきっかけはたくさん作っていると思うよ」

 

忙しく激しい日々ではあったが、毎日のように人と関わる機会はあった。

そして別の隊員は、

 

「きっかけは作るというか、きっかけはそこらじゅうにあるものだよ。それをうまくキャッチするかどうかはY次第なんだよ」

 

とYを諭すように言った。

 

青年は荒野を目指す。

青年は理想を求めて、悩み、自分を変えようとする。

チャンスがあればそれを試そうとする。

自分は本当は何に向いているのか。

自分の可能性の限界はどこまでなのか。

自分は一体どんな人間なのか。

旅を通して、青年は不器用に手探りで模索する。

自分を変えるきっかけは、人から与えられるものではなく、自ら探し求めるものだと気づく。

人間は変わりたいと思った時から変われるのだ。

大きなチャンスを待ってはいけない。

ごくごく平凡な機会を大きなチャンスに変えるのだ。

人生の決断と選択は自分の意志で行わねばならない。

人任せの人生は成功の喜びが十分の一に、失敗の後悔が十倍になるからだ。

これはYだけの問題ではなく、キビガリ隊員それぞれが己を振り返る機会となった。

人は、出会いの数だけ自分の可能性を知り、別れの数だけ自分の課題を知るものだ。

 

長期間滞在した場所には情がこもる。

人と付き合う時間が長ければ長いほど絆も深くなる。

まして汗水垂らして共に励まし合った仲間だ。

別れの時は、涙の別れだ。

 

キビガリを終えた隊員たちは、それぞれの日常に帰っていく。

旅の途上の者は再び荒野を目指す。

社会に適応できなかった者は、ここで養われた勇気と自信を手にして日常という戦場に立ち向かっていった。

将来に戸惑いを持っていた者は、力強く明日への一歩を踏み出して小浜島を後にした。

島に残る者たちは、島を旅立つ勇者たちに精一杯のエールを贈る、というのが小浜島の別れのスタイルだった。

港から離れるフェリーからありったけの感謝を述べる勇者に、俺たちは「お前と会えて本当によかった。頑張れー。またどこかで会おうな」とエールを贈る。

君と出会えたことは一生の宝だよ、と港桟橋から海原にダイブするというのが小浜島の別れの儀式だった。何度も何度も桟橋から海原に飛び込んでエールを贈った。

 

 

そしてようやく、ぼくも小浜島を旅立つ時期がやって来た。

実働労働日数57日間で稼いだアルバイト代、28万5千円を手にして次なる地を目指してペダルを漕ぎ始めることにした。約3か月間お世話になったたくさんの思い出が詰まった小浜島を離れる時は涙が溢れた。

 

小浜島で学んだこと。

それは「素の自分でいいんだ。」というシンプルなものだった。

素の自分と一致した時が、スイッチオン記念日。

自然体のありのままの自分に戻ろう。

素の自分と一致した時に心のスイッチがオンになる。

自然体の自分の探り方は、「楽しいこと」と「大切なこと」と「好きなこと」。

この3つに共通するところが、本来の自分が求めていた自分探しであり、宝探しだ。

経験値を積んでレベルが一つ上がり、本来の自分再生ボタンにスイッチが入り、心の鎧が一つめくれたような気分になった。

 

 

さぁ、次はどんな感動が僕を待っているのか。

興奮と期待と程よい疲労感が僕を包んだ。

 

 

【深呼吸の必要】

※現代社会はストレスが多く、疲れます。大きく深呼吸して自分を取り戻しましょう。

キビガリの世界で癒されて下さい。

 

 

 

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