第49話「ラストラン」(兵庫県) | 地鶏

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自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

四国88箇所巡り自転車お遍路は、25日間を要して無事に、結願を果たした。

自然あふれる四国の空、山、海、川。

四国の人々や同じお遍路さんから影響を受けた人とのつながり。

お接待や善根宿など四国ならではの文化。

そして孤独。

遍路道中では、自転車旅を象徴するかのようなさまざまな刺激と学びの多い25日間となった。またいつか歩いてこの88箇所お遍路さんに挑戦したい。

 

くまなく日本を周り、目的としていた日本の東西南北の最端に自力で到達した自転車旅は、言葉で言い表すことが出来ない貴重な体験の場となった。

あえて言うなら、「自由」と「青春」という表現がぴったりのような1年3カ月の旅があと少しで終わろうとしている。

出発時に蓄えた百万円と人々からいただいたカンパ金、アルバイトで稼いだお金は、とうとう残金五千円を切った。

出発当時、3つの約束をした。

 

1、日本の東西南北それぞれの最端に自力で立つ

2、それまで丹波篠山には帰らない

3、金が尽きたら働く

 

この3つのトリキメを守った自転車日本一周旅に費やした日数は435日。

総走行距離は13147km。

北海道の最北端「宗谷岬」から鹿児島の最南端「佐多岬」までの直線距離が2700kmだから、日本列島を2往復半したことになる。思えば遠くに来たもんだ。

 

そもそもの自転車旅の発端は1冊の本からだった。

23歳の女性が2年7か月をかけて自転車日本1周の出来事を綴った「チャリンコ日本一周記」川西文著(連合出版)という紀行本だ。

 

 

自転車に寝袋・テントをくくりつけ、ざる・まな板・煮干し・かつおぶし・洗濯ばさみも積み込んで、ゆったりたっぷり日本列島を楽しんだチャリンコ漫遊記は、ページをめくるたびに旅への思いが駆り立てられた。

出会う人々はだれもが親切で、行く先々で珍事件が多発する。スキー場やコンブ漁、サトウキビ収穫などのアルバイトが、旅で出来ることがわかった。なにより自転車で移動する距離が思った以上の範囲に及ぶことも旅への気持ちが高まった。

僕もこのような旅をしてみたい。

1冊の本から広がる夢は大きかった。

400日を超す非日常生活が日常になった最終日は、旅のきっかけを思い起こしながらのラストランとなった。さまざまな出来事が鮮明に走馬灯のように駆け巡る。

 

数えきれないほどの人々の温かさ。

素晴らしい日本の大自然に圧倒された日々。

日本の自動車事情に見た弱者の生きにくさ。

孤独を存分に味わったテントの夜。

肉体的苦痛も慣れればどうってことがない人の心身の強靭さ。

たくさんの刺激と学び多き日々だった。

 

 

 

中でも一番の学びは「思考は現実化」するということだった。

ああなりたい、このようにしたい、と願望を強烈にイメージし、そのイメージ通りに情熱を持って行動すれば思考は現実化しやすいということだ。

1冊の本から刺激を受けて、このような旅がしたいと強く強く念じ、その思いに到達しようとすればやがて思いは成就していくことを知った。

自転車旅を振り返れば刺激を受けた1冊の本に書き記してある事柄を自分も同じように追体験していたことに驚く。

自転車旅の最終地は、スタートを切った丹波の地だ。

もうこれでしまいか。

ようやくここまでたどり着くことができたのか。

朝、姫路を出発した自転車は、小雨の降る中、ペダルを一漕ぎする度に丹波に近づく。

 

「まだまだ旅を続けたい」と左脚に力が入る。

 

「ようやく終れるか」と右脚を一漕ぎ。

 

二つの思いが、均等にペダルを漕ぐスピードに合わして一瞬一瞬揺れ動く。

今はめいいっぱい冷えたビールとおいしい飯を食ってフカフカの布団にくるまってひたすら寝ていたい、という小さな幸せを乗せた右脚に力が入る。

そして、ここまでたどり着いた充実感をかみしめ、感動のゴールを迎えた。

たくさんの仲間たちが笑顔で出迎えてくれた。

握手。

胴上げ。

万歳。

 

 

 

「青年期に強烈な印象なき者は、人生の堕落者だ」

 

どこかの哲学者の言葉が心に響く。

 

風まかせのような1年3か月に渡る自転車日本1周旅は、実に楽しく面白く充実した日々だった。出来ることならば再度挑戦したい気持ちでいっぱいだ。

はじめ自転車旅は非日常生活であった。時が立ち非日常は日常となり、やがて旅は日常生活となった。

日常と非日常が入り混じる生活は旅といえる。

つまり旅は人生だ。

旅と人生が、いかに密接につながっているか、如実に物語っている寓話がある。

 

インドに2人の家臣を遠方の国に探検に行かせた王様の話だ。

1人の家臣は、横柄で自己中心的な性格の持ち主。

もう1人は寛容でおおらかな心の持ち主だった。

数か月に渡る探検の旅から戻った2人は、早速王様のもとに報告に訪れた。

王様は2人に訪れた国の感想を聞いた。

寛容な方の家臣は、

 

「親切な人が多く、出会う人から温かくもてなしてくれました。

 異国の地であったけれど、

 その人たちのお陰で自分の国を旅しているような気分でした。」

 

と旅は楽しく、面白かったと答えた。

一方、横柄な家臣は、妬みをこめて冷笑した。

 

「意地の悪いうそつきや詐欺師、不愉快な野蛮人がいっぱいでした。

 楽しくも、面白くもなく、学びも何もありませんでした。」

 

2人の報告を聞いた王様は秘かに笑った。実は、この2人が訪問した国は同じ国だったのだ。

このような寓話である。

自力旅は観光旅行ではない。

周りの環境にじっくり溶け込む時間のない観光旅行と違って、自力旅はその途中で出会う人々を中心に回っているといってよい。

そして、その出会いを自分がどう受け止めるかによって、その旅の経験が素晴らしいものになるか、残念な結果になるかが決まる。

最初からこの世の中を悪意に満ちた世界だと思って眺めていたら、本当にそうとしか思えなくなる。もちろん同じ理論は逆にも当てはまる。

旅に限らず、私たちの人生も、物事の見方によっていかようにも変えることができる、ということなのだ。

思いが人生を創っている。

しかし、物事には順番があり、いきなり過程を飛ばして結果に直結はしない。

「自転車旅日本1周旅」連載の締めくくりにあたり、次の言葉で結びたい。

 

「思いの種を蒔いて、行動を刈り取り、

 行動の種を蒔いて、習慣を刈り取る。

 習慣の種を蒔いて、人格を刈り取り、

 人格の種を蒔いて、人生を刈り取る。」

 

さあて、人生のネクストステージは何に挑戦しようか、

とワクワクが止まらない。

人生はお一人様一回限りの一発勝負!

 

長い旅路にお付き合いいただき、感謝いたします。

ありがとうございました。