第23話「沖縄戦跡」(沖縄本島) | 地鶏

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自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

 

 

那覇市内は大都会だ。

日本の主要都市と変わらない。

沖縄の自然と文化を味わうには、郊外がいい。

那覇市から南部方面に自転車を走らす。

心地いい沖縄の風を感じる。

サトウキビ畑を抜けるとそこにはコバルトブルーの綺麗な海原が広がる。

鳥のさえずり、原色の鮮やかな花々。

ほんのり甘酸っぱいシークワサーの香り。

そして沖縄の青い空。

まさにゆったりと流れる沖縄タイムを満喫する。

自由と快適な自転車旅全開だ。

 

観光地を巡ろうと「ひめゆりの塔」という場所に立ち寄る。

ここで俺は日本の史実を知らされるとこになる。

第二次世界大戦末期の1945(昭和20)年の4月、沖縄に米軍が上陸。

熾烈な地上戦が展開された。

そんな中、当時沖縄にあった21の男女中等学校から生徒たちが動員され、戦場に送られたのだ。女子学徒は15歳から19歳で、主に陸軍病院等で看護活動にあたり、戦後彼女たちのことを「ひめゆり学徒隊」と呼ばれるようになった。ひめゆりは、平和を希求する慰霊の塔である。

 

 

知らなかった。

教科書では学んだが、56年前にこの場所でそんな惨劇が起こっていたなんて知らなかった。

青い空は、鉄の雨に。

綺麗な花々、豊かな自然は、焼け野原に。

鳥のさえずりは爆音や人々の悲鳴に。

珊瑚礁の海は、アメリカ軍艦が海面を埋め尽くしている。

そんな時代が半世紀前にあったのだ。

 

「若者よ。

 君たちが生きる『今日』という日は、

 死んだ戦友たちが生きたかった『未来』だ。」

 

と語り部の八杉康夫氏は言われている。