ツイートでひさしぶりに
この名前を見て、
あの年の悲喜こもごもを
思い出しました。
仮面ライダー響鬼
あまり得意ではない
いわゆる平成ライダーの中で
文字通りの鬼子であり、
だからこそ大好きな存在でした。
本作が教えてくれたこと、
それは人を否定することの意味。
心底大好きだった前半は、
少年を否定することなく、
成長を見守る大人たちの物語を
構築していたんです。
一方、テコ入れの名のもとに
白倉新プロデューサーが選んだ後半は
少年を否定し、痛め付けることで
成長を促すというもの。
そりゃあ、前半が好きだった自分が、
後半を認めたくないのは当然かな。
(* ̄∇ ̄*)
今もそうですが、現実の世の中では
ほとんど否定されることばかりの印象。
フィクションの中ぐらい、
優しい世界があったってよかったのに。
ぶっちゃけ、商売として盛り上げるには、
高寺プロデューサーのやり方は
ダメだったということですよね。
それでも、前半の流れのまま、
最終回を迎えていたら、
ヒーロー史に残る作品が
生まれていたんじゃないかと。
ファンの贔屓目があるにしても、
目先の小銭のために、
名誉を捨てたように思えます。
結局、
その後、仮面ライダーらしくない
存在のオンパレードとなったことを
鑑みれば、響鬼の存在は
あらゆる意味で早すぎたのかも。
(響鬼の時にバイク乗らないって
ケチつけた連中に聞きたい。
ビルドは何回バイクに乗りました?
てか、ドライブは?(笑))
ドラマ重視の自分が心底入れ込んだ、
現状最後のリアルタイム東映ヒーロー。
今でも思い出すと切なくなります。
