2018年5月6日の礼拝説教
「全能の父の右に着き給えり」
エペソ1:17~23
今週の聖句
「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、
その力あるみことばによって万物を保っておられます。
御子は罪のきよめを成し遂げ、
いと高き所で、大いなる方の右の座に着かれました。」
ヘブル人への手紙1章3節
「使徒信条」の告白を少しずつ取り上げ、『ハイデルベルク信仰問答』を参考に、私たちの信仰
の基本的、中心的な教えを学んでいます。きょうは、前回学んだ「天に昇り」という告白の続き
と、「全能の父なる神の右に座したまえり」と告白していることに関してです。きょうは少し長い
のですが、3つの問答を取り上げています。
問49 キリストの昇天は、私たちにどのような益をもたらしますか。
答 第一に、この方が天において御父の面前で、私たちの弁護者となっておられる、という
こと。第二に、私たちがその肉体を天において持っている、ということ。それは、頭である
キリストが、この方の一部である私たちを、ご自身のもとに引き上げてくださる、一つの
確かな保証である、ということです。第三に、この方が、その保証のしるしとして、ご自分の
霊を私たちに送ってくださる、ということ。その御力によって私たちは、地上のことではなく、
キリストが神の右の座に座しておられる天上のことを求めるのです。
問50 なぜ「神の右に座したまえり」と付け加えるのですか。
答 なぜなら、キリストが天に昇られたのは、そこにおいてご自身がキリスト教会の頭である
ことをお示しになるためであり、この方によって御父は万物を統治なさるからです。
問51 私たちの頭であるキリストのこの栄光は、私たちにどのような益をもたらしますか。
答 第一に、この方がご自身の聖霊を通して、ご自身の部分である私たちの内に、天からの
賜物を注ぎ込んでくださる、ということ。そうして次に、私たちをその御力によって、すべて
の敵から守りささえてくださる、ということです。
前回は、主イエス・キリストの昇天について教理的なことを学びました。きょうはそのことを
覚えながら、まず主が天にいらっしゃることが、私たちにもたらす益、うれしい良いことに
ついて学びます。また主が父なる神さまの右の座に着いておられるとはどういうことで、その
ことがどんな益をもたらすかについて学びます。
問49では、主イエス様が天に昇られたことが私たちにもたらす益を3つあげています。第1は、
主のとりなしであり、第2は私たちのよみがえりと永遠のいのちの保証であり、第3は聖霊の
派遣です。
第1の主のとりなしをみてみましょう。私たちは救われた後もなお、罪を犯してしまう弱い存在
です。そして自分を責め、気落ちしてしまうことがあります。ほかの人にひどい迷惑をかけて
しまったり、だれかをつまずかせてしまったりした場合に、あるいは繰り返し犯してしまう罪が
ある場合に、自分が神さまから嫌われもはや見捨てられてしまったのではないかと思って
しまうことがあります。けれども、そんなときにこそ私たちは天において父なる神さまの御前
で私たちのためにとりなしていてくださる主イエス・キリストを仰ぎ見るべきです。自分がいけ
なかったことについては真摯に反省すべきです。無責任や無反省を勧めるものではあり
ません。けれども、主イエス・キリストによる赦しも備えられていることを、私たちは覚える
べきなのです。
そもそも私たちは自分自身の力では、もはや神さまから赦していただき正しいと認めて
いただける見込みがないものです。だからこそ、主は人となってこの世に来てくださり、私たち
の代わりに父なる神さまの御前に罪のない正しいご生涯を送られ、私たちの身代わりとなって
十字架におかかりくださったのです。その主はよみがえった後、天に昇られ、今私たちの
ために父なる神さまの御前に出てくださいます(ヘブル9:24)。
主は私たち人間の弱さを身をもって知っていてくださいます。私たちに同情してくださり私たち
のためにとりなしていてくださるのです(ローマ8:33~34、Ⅰヨハネ2:1)。そしてそもそもこの
お方をお遣わしになったのは父なる神さまであり、父なる神さまは私たちを赦す思いを持って
いて、御子キリストのとりなしを聞き入れてくださるのです。
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http://www.karuizawa-christ-church.com/sermons.html
(5月6日の礼拝説教を音声で聞くことができます)