とりです
昨日、晩御飯を作っていた時に、うっかり包丁を落として向う脛を少々切ってしまいました

さて、これって良い事だと思いますか

悪い事だと思いますか


この包丁を落とした当時の私は、この足を切ってラッキー
と思っていたんですね「怪我をした」という観点から見ると悪い事なんですが、、、
私は「包丁が足に突き刺さる」事を回避できたと喜んでいた訳です。
お気楽ですね。脳みそがお花畑かもしれません(笑)
こんな風に、何か傍から見て「悪い事」に見えても、考え方次第で「良い事」にもなるんですね
今のは一般的に「悪い事」と思われそうなことを良く思っていた例ですね
逆に、1週間くらい前に、会社近所のジャスコでワインが落ちてたんです。
瓶のもので会計済みのシールもばっちり貼ってあります!
ワイン好きならラッキーですが、ワインが苦手な私は途方に暮れる訳です。
その場にいらっしゃった通行人の皆さんは、落ちているワインボトルが見えないのか(?)素通り。
あからさまに不自然な風景なんですけどね。。。
私のように うかつな人がボーっと歩いていて瓶で転んだら大変なので拾ったんですが、重い・遠い・面倒の三重苦です(笑)
同じような例で、ワインでなく大根が落ちていた事もありました。
コンクリートの道にむき出しの大根が落ちている光景は、とてもシュールです
あとはお札がバラバラと落ちているとかですね。
どれもこれも、落としたら判りそうな物ばかりです。
拾ってばかりの例でどうかと思いますが。。
私的には落し物の前で悩み始めてしまうアンラッキーな出来事なんですね。
そのような感じで、良いことも悪いことも、物事の見る面の違いだと思うんです。
何かをして、その結果が自分に戻ってくるならば、良い面を見ていくのも良いんじゃないかと考えてます
何もしないで居るという事は不可能だと思いますし、遅かれ早かれ起きる事なら楽しんだ方が良いんじゃないですかね?
勿論、起きた出来事から学ぶ事も大切です。
意識して良い面を見るという事は、全ての面を比べてみて出来る限り良い面を一つ選ぶという事です
悪い面も見て、良い面を中心にその出来事を受け入れることは、悪いと思っていた事を受け入れていくチャンスかもしれません
だって、良い面に隠れてますけど、悪い面もばっちりあるんですものね。
そして、この良い・悪いを決めているのは自分自身です
つまり自分次第で、どんな事も「良い事」に変えていけるんですよね
これはスピであろうとなかろうと関係なくできる事です
物事の裏表、「うら」も「おもて」も決めるのは自分。
なら楽しく決めて、足りない・つまらないなど「ない」ことを探さないで
健康である・住処があるなど「ある」ことを探しましょ

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