一昨日、綷が忘れて帰ったポケモンキャラクター2体を5個のダクワースと一緒に縒(よ)れがなくかつこれ見よがしなものではないように吟味した紙の袋に入れようとして、
(そう言えば…)
と、慌てて賞味期限を確かめれば昨日の日付と気付いた。
洋子は小姑宜しくそういうところを厳密に確認する性質(たち)だ。そして、和希から来る袋の内には何時も美味しいお菓子が添えられているのを知っている綷たちが当然、欲しがるのを
「朱里ちゃんママ、間違って入れちゃったんだね、賞味期限が切れてるからおなかが痛くなるといけないから残念だけどやめようね」
言って、捨てるだろう。確かに確認しないで洋子に渡ってしまったら和希の落ち度になるけれど、賞味期限が1日過ぎただけのものを食べたところで死ぬなど余程に稀有だ。それでも、和希はその取り寄せの美味しいダクワースはやはり自分たちで食べることにして、輸入品の激甘な大袋チョコレートを入れることにした。
「ああ、めんどくさい」
和希は声に出してみる。
洋子と付き合い出してから集めるようになった、今では家中を侵食しつつある、以前は全くその良さを理解できなかった景品やガチャ、○色○号の記載があるお菓子や流行のキャラクターが派手に描かれたグッズが毒々しい愛らしさと共に一方で憎々しく、脳裏に浮かぶ。
和希は独りの時間をちっとも苦痛に感じない。庭木の手入れやお菓子作りなどしながらのんびり、静かな時間を楽しむのが寧ろ大好きな和希にとって他人と会う用事を入れるなら本当は、できることなら週に1度迄かつ月に2回以内で留めたいところだ。いざというとき頼れるものでもなく、愚痴か自慢か判らない話しを延々聞かされ、相手の気に障らない物言いをすることに神経を擦り減らし、それでも揚げ足を取られる。居た堪れない疎外感を感じながら制御できない迷走神経反射で気が遠退いて行く己の無能と無力さを激痛とともに再認識させられるママ友付き合いなんてできるなら止めたい、苦行だ。それでも我慢し続ける理由は家に呼んで貰えることで園外で朱里が友達と遊べる機会になるからであり、皆で出掛ける企画のお声が掛かることでこれも朱里が遊ぶ機会になるし、子供たちが遊んでいる間のママ同士の雑談で園行事等での大切な情報を貰えたりするからだ。
(朱里のため)
と、和希は止むを得ず、頑張っているのだ。保水力が落ち始めた肌を”枯れ始めた”というのは酷なほど(現実にはそうなのだけれど)、まだまだ透明感も張りもあるから思わず寄った眉間の皺も直ちに深くはならない。
軽く荒んだ心中のまま視線を庭に移すと、新緑の淡々しさを残して透明で凛としたその緑が目に入ってその清々しさに和希はハッと息を飲んだ。
なだらかな丘陵を利用して造成された大住宅街。和希の家を含んだ頂上エリアは医者や会社社長など、下方に広がる住宅2区画分の広さの邸宅が並んでいて、庭も広々としている。道路側の隅、玄関がある方からの庭への入り口と反対にある角には幹径5㎝程のまだヒョロヒョロ細い白樺が3本、愛らしく植えてある。公共の邪魔にならないように業者により定期的に剪定されている、それでもダークブラウンのアルミ角材の格子フェンスから道路へも溢れ出すようなヘデラ・デルバータが、初夏の今は柔らかな手触りのローングリーンの手入れの行き届いた広々した芝に美しい変化を与えている。もう一方向、リビングから芝生に開放的に繋がるウッドデッキの上には木製の葡萄棚が設えられている。5年の間、風雨に晒されやや良い感じに馴染み始めたダークブラウンで塗装されたラッドシダー材の棚も、それに絡まる葡萄の樹も素晴らしく美しい。
因みに、このウッドデッキスペースには葡萄棚部分から突き出して巻き上げ式ウェザーシェードが設置されたBBQコーナーもあって、外国並みにしっかり巨大な据え付けグリルが置かれている。
棚・デッキ、更に室内の間白い漆喰と柔らかな白木からなる壁にきっかり長三角形に落ちる影のダークブラウンが瑞々しい緑を映して、オリーブグリーンを帯びている。
チェロの旋律が溶けたように、和希の家の内外に穏やかな空気が静かに流れていた。
伐れば、生命力に満ちる液体が止め処なく流れ出す樺茶色。所々はささくれたようだけれど概ねつるりとした蔓状の枝が四方八方幾筋もゆるゆる、健康的に伸びている。そこに付くごわごわ刺々しい容(かたち)をしたしかもちくちくする毛の生えた大きい葉々はそれでも色彩は未だとても柔らかい緑をしていて若苗色、萌黄、薄萌葱。殊、今日みたいな乳白色の空には鈍く光に透けたりまた重なり合う部分が軽やかな影を造るが、風がないせいで美しくさやさやそよぐ様がないのが残念だ。棚の頑丈かつせせこまない整った長方形の升目から、茹(う)でた空豆色の大きさは充分だがゴムの団子みたいに固くて食べ(られるようになる)物には到底見えない球体がずっしり緑々しい房をなしてそこここ、ぶら下がっている。
艶やかで肉厚な紫黒の皮を裂いて芳香と甘蜜が溢れ出す腐朽する手前の最高の状態の、そこに到るときは頽廃が既に影としてぴたり背中合わせの、儚く哀しく非常に美味を夢見る固く結ばれた子供々々しい眼球の群れ。
皮を剥いた熟した葡萄は崩れ掛けの眼球のようだが目玉は葡萄の味をしない。