おはこんばんにちは、S子ですニコニコ

今回の記事は私が昨夜みた変な夢の話です大あくび


主人と死に別れてから十数年が経った。息子は都会で就職し、そこで知り合った年上の女性と結婚した。嫁は都会出身で、そこそこ裕福な家の出だったから、息子は嫁の家の敷地内に家を建て、そこに住んでいる。私が息子と孫に会えるのは、主人が生きていた頃は一年に一度か二度だったが、今では二、三年に一度会えればいい方だ。


しかし嫁に対する不満をこぼしたり、寂しい等と言って息子を困らせてはいけない。息子に迷惑をかけたくないし、それは私の矜持に反する。


私は元々、家族との縁が薄かった。二十代半ばで母とは絶縁したし、父ともほとんど連絡を取らなかった。遠方に嫁いだことを口実に、大して介護もしなかった。父は私や弟に看取られることもなく、自宅で孤独死した。叔父は前年に他界していたから、叔母が家を訪ねるまで誰も父の死を知らなかった。父が亡くなったのは冬で(電気代節約の為か)暖房器具も使っていなかったようで、遺体の腐敗がほとんど進んでいなかったことだけが幸いだった。


──だからつまり今のこの状況は、親の面倒も見ず、周囲の人間と関わり合いを持たなかった私の自業自得なのだ。


私は自分の手をじっと見つめた。若い頃の張りがあってしなやかな手はどこへいったのだろう。今の私の手は、皮膚から油分が抜けてシワとシミが浮いたお婆さんの手だった。


主人が亡くなってからというもの、数年は魂が抜けたように無気力で過ごした。彼とは色々なことがあったが、親よりも長く一緒にいたせいか、主人が亡くなった時は私の一部も死んだように感じたものだ。


しかし数十年ぶりの一人暮らしは気楽で、割とすぐに立ち直った。女性は強いというが、本当にその通りだと思う。好きな時間に起きて好きな物を食べて眠たくなったら布団に入る。思い立ったら旅行に出かける。気儘なものだ。


しかし70代半ばに差し掛かると、体力が落ちてすぐに寝込むようになった。何もないところで躓いて転んで足を痛め、手をつけば手首を骨折するという有り様。認めたくはないが、私はもうBBAなのだ。


ちょうどその頃、日本政府は一人暮らしや身寄りのない老人の為に、郊外にある施設を用意した。


そこは敷地内に白くて小さな平屋が建ち並び、一人暮らしや身寄りのない老人達をそこに住まわせ、希望に応じて食料や日用品を配給するという。そしていざという時は、医療サービス受けることも出来るし、死んだ時は埋葬までしてくれるそうだ。もちろん無料ではないが、年金で支払える金額でこのサービスが受けられるという。


私は迷わず、この施設を利用することにした。


必要な物以外は全て処分し、自宅は二束三文だったが売り払った。そして私の手元に残ったのは、家族の写真と最低限の衣服と食器類、タブレットくらいだった。


そしていよいよ入所の日がやってきた。職員に案内された施設は、一種異様な感じがした。コンクリートが打たれた地面には、ところどころ円形の模様があった。その模様と同じ形・同じ大きさのドーム型の建物がポツンポツンと建っている。円の直径は5メートルくらいで、建物の開口部はドアと窓で、天井部分にも窓があるようだ。小さいが、一人で暮らすには充分な広さだと思われた。


私が案内されたのは、敷地の端っこにある建物だった。建物内に入るとベッドと小さなテーブルと椅子、テレビが置いてあり、ミニキッチンとシャワールームが付いていた。


施設まで電車とバスを乗り継ぎ、そこからさらに30分近く歩いたので足が疲れた。バッグの中に入れておいたペットボトルの水を飲み、ベッドに横になるといつの間にか眠ってしまったようだ。


真夜中にトイレに行きたくなって目が覚めた。トイレを済ませると、窓にかかっているカーテンをそっと開けてみた。同じドーム型の家がいくつも並んでいる。電気が付いている家もあれば、真っ暗な家もある。眠っているのか、それとも未入居なのかはわからない。私はカーテンをそっと閉めた。


それからは平穏な日々が続いた。部屋に備え付けられているモニターで食料や日用品を注文すると、半日ほどで家のドアの前にあるボックスに届けてくれる。汚れ物はランドリーボックスの中へ入れておけば、2、3日で洗濯して畳んだ状態で届く。ゴミはダストボックスに入れておけば処分してくれる。ランドリーボックスとダストボックスは家の中にあるが、底に穴があいていて回収されるという仕組みになっている。


私のやることといえば、テレビを観たりタブレットで動画を観たりすることくらいだ。


暇で暇で仕方がない。この施設はものすごく不便な場所にあるから、息子は一度も顔を見せにやってこない。「嗚呼、私は寂しいんだな」そう思った。どうやら、他のドームの住人も私と同じらしく、面会に来る人もいないようだ。だからといって今更他のドームの人と仲良くするのも億劫だ。


そんなある日のことだった。何気なく窓の外を見ていると、右斜め前にあるドームが音もなく地面の中に沈んでいく。そして沈み切った後はシャッターが静かに閉じてドームは跡形も無くなった。


その光景を見た私は、地面の丸い模様は実はシャッター(ドーム跡)だったのだと気付いた。


そういえば右前のドームには80歳くらいの男性が住んでいたようだが、1週間以上前から電気が点いていなかった。


その時、私は悟ってしまった。この施設は身寄りのない老人達を収容し、一定期間電気や水道の利用がない場合、中の人間が死んだと判断してドームごと地下に回収してそのまま埋葬しているのだということを。


私が住むこの家は、つまりは大きな棺桶なのだ。


確かに、この方法ならば遺品整理や特殊清掃は必要ない。合理的といえば合理的だが、まだ生きているうちから巨大な墓の上に住むというのは、どうも落ち着かず嫌な感じがするものである。


というところで脂汗をかいて目が覚めましたネガティブ