「毒親から巣立った鳥かごの中のトリ」をご訪問いただきまして、ありがとうございます。

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また、過去記事の括弧付きの数字で書かれた記事を順に読んでいただければ、両親と私(および主人)との関係性がわかるかと思います。

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※毒親関連のブログなので一応真面目に書いていますが、普段はこんな重い感じの性格ではありません。むしろ真逆なくらいです。

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ブログを再開してからというもの、忘れていた過去の出来事を次から次へと思い出されます。


たいていは幼い頃のことが多く、つくづく私ってよく頑張って生き抜いてきたな(前回の置き去り現場についての余談も含め)と思います。



と同時に、主人に出会っていなかったら今頃私はどうなっていたのだろうと想像するだけでも恐ろしいです。


私を救い出してくれた主人には感謝しかありません。


こんな私を好きになってくれてありがとう。

私だけを見てくれてありがとう。

あんな私の親に屈することなく、愛を貫いてくれてありがとう。


気が付けば、私と主人が出会ってもう10年ほど経ちました。

親に日常も仕事も人間関係も狂わされかき乱されたあの日々は、もう10年も前のたった3ヶ月ほどの出来事(ピークの出来事以降ダラダラと1〜2年は何かしらありましたが)だったのが驚きです。


月日が流れるのは早いです。


いつまでこの時のイライラを引きずって生きなければいけないのだろう。


結果的に絶縁することになったのは、私にとっては最良の方法に違いないです。


ですが、それまでの両親からのありとあらゆる攻撃が非常に理不尽で屈辱的であったがために、的確に最小限の対応で切り抜けてきた私には、その時の抑えていた感情や言いたかった言葉がずーっとずーっと心の底に残っています。


だから、ああしておけばよかった、これだけは言っておきたかったということが今になってもちょくちょく出てきます。


絶縁にたどり着くまでにあちらの条件をかなり飲んでいるので、消化不良な部分も多いのだと思います。


絶縁しているから直接言えないのもイライラ、モヤモヤしている原因かもしれません。


自分を変えたいと本を読み、読み終えていろいろと考えていた矢先、ブログを再開する前に書いていた主人との交際時のこと(=冒頭で書いた10年ほど前の親とのゴタゴタ)をふと読み返してみようと思い、はじめから順に読んでみました。


すると、まさかの…




あははー…。
結構いろんな細かいことを忘れていました。

これを書いた数ヶ月前はその時の出来事を割と鮮明に覚えていて、それをここに事細かに書き綴ることに一生懸命になっていました。

勢いに任せて次から次へと蘇る記憶を頼りにブワーッと一気に書き、書きながら思い出しては加筆修正し…と、とにかくあの時誰にも話せなかったことをチクるように書きまくっていました。

それが読み返せば、なんと忘れている。

ああそうだったわ、へえーそうだったのか。
やっぱり腹が立つわ。

いろいろと思うことはありますが、私の中であの最低最悪な日々がまさかの忘れかけているという事態に、少し気が楽になりました。

この時の母の様子を振り返れば、やはり以前読んだ本(→こちら)そっくりそのままだったので妙に納得し、両親のことをさらに他人かつ二度と会いたくない人たちとより強く思うよつになっていました。

幼い頃にされた虐待も、

私が巻き込まれているのに誰も助けてはくれなかった両親の夫婦喧嘩や嫁姑の抗争も、

職場に来て交際をバラされたり別れるよう言いふらされたことも、

誕生日の日にあんたなんか生まなければよかったと言われたことも、

主人の家の血が混ざった孫を見たくないと言われたことも、

ありとあらゆる嫌がらせをされたあの当時の出来事は、思いのほか私の中で風化しているようでした。

感情としての風化はしているけれど、決して忘れたわけではありません。
どうでもよく思えるようになっただけですが、それだけでも私としては大進歩です。
前ほど悲しくなったり、腹が立ったり、イライラしたりが減りました。

おかげで、あんなことがあったから今の私がいて、
10年前から一緒にいる主人とはこの先10年、20年とあの両親と過ごした日々よりも長く一緒にいることができ、私は幸せな毎日を大好きな自分の家族・家庭で過ごせるんだと考えを変えることができました。

私は過去の自分と決別し始めたように思います。

いつまでも母の影響を受けるのは御免です。

母と私は違う人間。
価値観がまるで違ったからあれだけ対立して、今の生活を得ることができた。

過去の私に影響を及ぼしてきたのは間違いなく母ですが、絶縁したのでそんな母と接することはありません。

私が日常や子育てでイライラして爆発するのは心のどこかで過去の出来事や感情に重ねて、

きちんとしなくてはいけない、

間違った選択をしないように、

みんなが困らないように、

迷惑にならないように、

と誰に対してなのかもよくわからない過剰なほどの考えを、自分の考えそっちのけで行動していたことが原因だったんだろうなと思います。

ほんの些細なことでも他人に限らず家族でもふとどう思っているのかが気になったり、
私はあれだけ熟慮しているのに計画して考えているのにとか思ってしまったり、
私の言動で相手の気分を害したんじゃないかとあれこれ深読みしてしまったり、

とにかくいらぬ労力をひとりでに生み出してしまいがちでした。
そりゃ精神的に疲れて当然だわ、と気が付けたのはよかったです。

もう少し自分のことをよく見て、優先させることも休息させることも、素直になることも大切なんだとわかりました。


例えば、最近のある休日のこと。

前の日にクタクタでやり残した家事を翌日家族でお出かけするために早起きしてひとり黙々とやって、子供の準備もやってとしているのに時間が全然足りなくて、ひとり出かける前からプンスカしていることが多かったのですが、
いくつかの家事や子供のご飯のお世話などを主人に任せることにしました。

ちなみに主人は、そういうことは遠慮なく頼んでほしいと前から言ってくれていました。

それでも、私は普段仕事で忙しい主人を少しでも休ませてあげたい、頼んでとは言っても本当は面倒なんじゃないか、私がやらなくてはいけないという思いが強く、主人にお願いできずにいました。

主人は気にかけて声をかけてくれるのに、得意の「大丈夫だよ」の言葉を言ってしまう。
大丈夫でなくても、条件反射的に答えてしまう悪い癖。
幼い頃から抜けない。

全然時間が足りなくて、早起きしたにもかかわらずその甲斐もなく、要領の悪い自分を責め、声かけるくらいなら自分で気づいて動いてよと主人に無言でイラつき、子供のマイペースさにイラつき、結局お出かけ前からイライラ不機嫌になることがしばしば。

この日は思い切って、主人にいくつかお願いをしてみました。
もちろん主人は快く引き受けてくれて、私は時間に余裕を持って準備をすることができ、焦ってイライラすることもなくお出かけできました。

たったそれだけと思われるかもしれませんが、私はその一歩が踏み出せませんでした。

余計なところまで考えてしまって、それならば自分でやろうと決めたわりには自分で自分の首を絞めては勝手にイライラして追い詰め…がちょこちょこと知らない間に積み重なって心に余裕が無くなり爆発して、物を投げたり暴言を吐いたりしていました。

なんとも悪循環。

もっと頼ること、甘えること、気持ちに正直になることがうまくできるようになれば、要らぬイライラを生み出さずにすむんだということを認識した日でもありました。

苦手なことを克服しなければ、私は一歩二歩とさらに前に進んで"自分を変える"という大きな課題を乗り越えることができないんだろうなとも思いました。

でも過去の振り返りと、勇気を出したあの日の朝のおかげで、イライラして爆発する日が減っているのは確かです。

ひどい時は1〜2日に一度は爆発していましたが、今は10日に一度あるかないかくらいにはなりました。

無駄なキレ行動をしないだけでも、ずいぶん気持ち的に落ち着いて過ごせるようになりました。

毒親育ちというレッテル付きの私からも早く卒業したいです。
毒親育ち✕子育てはおそらくすごく大変なことなんだと思います。

だけど"毒親育ちだから""お母さんなんだから"ということに縛られるとどんどんと自分がダメになっていくような気がします。
もっと気楽に、ごくごく普通のお母さんになりたいです。

まだまだ過去に左右されてしまい、自分を見失いかけることも多いですが、少しずつ変わっていければなと思います。