「毒親から巣立った鳥かごの中のトリ」をご訪問いただきまして、ありがとうございます。

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また、過去記事の括弧付きの数字で書かれた記事を順に読んでいただければ、両親と私(および主人)との関係性がわかるかと思います。

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※これから書いていく内容は実話ですが、身バレ防止のため一部状況設定などはフィクションとさせていただくことがございます。

 

※毒親関連のブログなので一応真面目に書いていますが、普段はこんな重い感じの性格ではありません。むしろ真逆なくらいです。

→内容は時折ヘビーで暗いかもしれませんが、気軽に読んでいただければ幸いです!

 

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※ブログの更新は、時間のある時に下書きをして最終的に予約投稿をしています。


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昨年の秋に一度終了したこのブログを、今年の3月から再開したわけなのですが、

毒親育ちとして子育てをする上で壁にぶちあたってしまい、解決すべくあれやこれやと模索しながら今に至ります。


再開してからここまでに書いてきた内容は、タイムリーではなくだいたい2月末〜4月初旬あたりのことです。

なので、今はこの時よりも1ヶ月ほど進んでいるので、少し解決の兆しというか良い方向に向かっているかなと感じられるようになりました。


現在までのことは、今後また書いていきます。



私が自分がどういう経過でこれまでを過ごし、年の差カップル(のちに年の差婚)と毒親との関係性や出来事を中心に書いてきて、

結婚して数年後からは毒親の影響をそこまで受けることなく生活してきました。


しかし妊娠、出産を経て子育てをしている今、ストレスや悩みに押しつぶされイライラも募り、

子供はそろそろしつけも必要になってきた年頃で何かと母の面影や幼少期の母を思い出しては、我が子に同じような思いをさせてしまいそう(口調とかで言えば"させてしまって"います)で、


そんな自分をやめたくて、原因が知りたくて、変えたくてまたブログを書くことにしました。


あともう一つは、わたし達夫婦が2人目の子供を希望していることです。


1人目から私はこの調子なのに、2人目を希望するなんておこがましいことなのかもしれません。


しかし、

・私自身がひとりっ子だったので兄弟姉妹が欲しかった(それが絶対良いとは言い切れませんし、子供からしたら親の都合とも取れます)

・3人兄弟姉妹が周り(主人の姉家族、いとこ、ご近所、私の友人など)に多く、助け合ったり分かち合ったりいろんな関係や姿をみてきた

・第1子にも家族の中で親以外との関係で様々なことを学んでほしい


という思いがあるので、第2子を希望しているのです。


年の差婚である我が家は、主人の年齢を考えれば 先々のことを考えて早い方が良いのでしょうが

こればっかりは授かりものなのでどうしようもないというか、もしかするとまた不妊治療専門病院の門を叩かなくてはいけないかもしれません。


少し話はそれてしまいましたが、

今後第2子を授かりまたもうひとり子育てをするとなった時に私がもう母の影響を一切受けないくらいになっていたい、

さらには今いる子供も私と同じ思いをさせたくはないという一心で

自分で自分のことを放ったらかしにせず、もう少し掘り下げて考えようと思ったので再びブログを書こうと思ったのです。


私もひとりのお母さんとしてしっかりと自立したいです。


それには意外にも母の影響が強く、子育ての中でいろいろあっては自己嫌悪に陥り、過去を恨んでは憎み、気持ちをぐちゃぐちゃにされているような気分でした。


子育て、つまりは育児はよく"育自"と表されます。

それは母親としての自分を子供を通して育てることをたいていは意味していると思います。


ですが、母親という役割としての自分以前に、


私の場合は特に


"自分自身を育ててもらう"


ということなんだなと子育てを通して教えてもらいました。


それまでに気が付いておけばよかったなと思うこともありますが、今からでも遅くはないかなと気を改めて、今後も過ごしていきたいと思います。



いつだったかにたまたま見た、ある番組のトピックス動画で、元保護司で現在は非行を繰り返す子供や家に居辛い子供たちにご飯を作って食べさせてあげる場所を提供している、ひとりのおばあさんの話が出てきました。

おばあさんが日頃から気にかけていたにもかかわらず、ある日ある少年は非行に走り少年院に入りました。

出所後すぐにおばあさんのもとへ帰ってきて、こう尋ねました。

なんでこんな家庭に生まれたんだろう?

すると、おばあさんは、

家庭は変えられないけれど生き方は変えられる。


そう答えておられました。


すごく私の心に突き刺さるハッとさせられた言葉で、それも私が変わろうと思うきっかけでした。


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ようやく風邪が治ってきました。


先週のはじめに子供が高熱を出し、そこから咳や鼻水のオンパレード。


子供は小児科を受診してお薬をもらい、

家では部屋を加湿して、適宜空気の入れ替えをして、マスクをしてと私と主人は対策をしていました。


子供は寝かしつけの時や夜間に特に咳が出ていたため、隣に寝ている私は寝不足で体力が大幅に落ち風邪をもらい、

今回はGW中も関係なしに仕事がある主人は別室で寝てもらっていましたが、

家でマスクを外した時に限って子供から盛大な咳をぶっかけられて結局うつり、最終的には家族が風邪で全滅。


ようやく今日になってみんな症状が落ち着いてきました。


子供がいるといろいろとあるものですね。


風邪をひいたつながりで、
私は母に看病をしてもらった記憶があまりありません。
病院には連れて行ってもらったことはありますが、どちらかというと父が病院に連れて行ってくれたような。
私が風邪をひいて学校を休まなくてはいけなくなると、私はひとりで留守番をするか、ひどい症状の時は母は仕事を休めない(仕方がないことなんだろうけど)とのことで、父方の実家に預けられていました。
祖母(母からすれば大嫌いな姑)は面倒をよく見て看病をしてくれました。
ほとんど風邪もひかないし、学校も休まなかったから、その時のことは逆によくよく覚えています。

あ、それから
小学生1〜2年生の時に側溝の溝板にハマって足に血がダラダラになるほどの傷を作って帰った時は、かえって怒られたというのも思い出しました。
あんたが悪いって。心配もされず、悲しかった思い出。
その傷、いまだに残っているのが本当に残念です。

**とりこ**

※今日はイラスト無しです。いつも下手なイラストを載せてすみませんー…。