「父」です。

昔書いた駄文が出てきたので紹介します。

 


3丁目のだがし屋さんには、いろんなものが売っている。
だがし屋っていうくらいだから、お菓子ももちろん売っている。

でも、時々おかしなお菓子も売っている。

食べると声が変わるハッカあめに、噛んでいるうちに消えてしまうガム、紙のように薄いチョコレート…

おかしなものばかりだけど、ちょっと楽しい。

 

だからだがし屋さんは、いつもたくさんの子どもであふれてる。
 

わたしもその一人。

その日も、学校が終わると急いで家に帰って、ランドセルを放り投げて飛び出した。

もちろん、手にはおこづかいの入ったサイフを握りしめてね。

 

だがし屋さんに着いてみると、おかしなことに今日はだれもいなかったの。

でも、裏庭の方からたくさんの声が聞こえてきた。

わたしも行ってみようと思ったとき、おかしなものが目の端に飛び込んできた。

 

気になってそちらを見てみると、それは小さなこびんだったの。

「まほうのこびん100円。さいごの一つ、早いもの勝ち」って書かれた紙も貼ってある。

そのこびんは透明なガラス製だったから中身が見えていたけれど、何も入ってはいないみたい。

でも私はなんだか気になってしょうがなかった。

 

だがし屋さんのほとんどのお菓子は10円で買える。

高くても30円。

だから100円のこびんはとても高く感じたの。

 

サイフの中をのぞいてみたら、10円玉が5枚に50円玉が1枚。

ちょうど100円。

こびんを買うことはできるけれど、買ってしまったらしばらくはお菓子を買うことができなくなっちゃう。

おこづかいを貰えるのはまだ先だから、どうしようかすごい悩んだ。

 

でも結局買うことにしたの。
 

「これください」

私は100円を払って、だがし屋さんを出た。

店先に置かれた長イスに腰かけて、こびんをよく見てみたけれど、やっぱり何も入っていない。

銀色のフタを開けてみた。

なんの匂いもしない。

 

なんでこれがまほうのこびんなのかしら。

だがし屋のおばあちゃんに聞こうと思ったとき、向こうから同じクラスのミヨちゃんが来るのが見えた。

 

わたしはあの子がちょっと苦手。

ミヨちゃんは、いつもニコニコしている。

おしゃべりも楽しいから、ミヨちゃんのまわりは友達でいっぱい。

 

わたしは一人でいるのが好き。

そんな私に、ミヨちゃんはよく話しかけてくる。

私が気のない返事をしても、楽しそうに話を続ける。

一人でいたいのに。

だから私はミヨちゃんのことは嫌いではないけれど、ちょっと苦手。

 

ミヨちゃんは私のことを見つけると駆け寄ってきた。

「なにしているの?」

私はしょうがなく、まほうのこびんのことを説明した。

 

「へぇ、赤くてきれいなこびんね。」

ミヨちゃんはこびんを見てそう言った。

えっ?

私はこびんを見て驚いた。

さっきまでは何も入っていなかったのに、今は赤い水みたいなものが入ってる。

 

こびんのフタを開けてみると、どこかで嗅いだことのある甘い匂いがしてきた。

ちょっとだけ飲んでみた。

甘い。とっても甘い。

でも嫌いな味じゃない。

それどころかクセになりそうな味。

残りを全部飲み干しちゃった。

 

「おいしかった?」

ミヨちゃんは少し心配そうにそう言った。

 

「うん」

私はうなずいて、手に持ったままのこびんを見た。

 

あれ?

飲み干したはずなのに、中身がまた入ってる。

今度は緑色の水が入ってる。

 

やっぱり甘い匂いがする。

私はミヨちゃんにこびんを差し出して言った。

「ミヨちゃんも飲んでみて」

 

ミヨちゃんは手に取ったこびんを眺めると、こわごわ緑色の水を口に含んだ。

「甘いけど、なんだか舌がピリピリする」

そう言いながら、ミヨちゃんは少しずつ飲んでいた。

 

「ね、おいしかったでしょ」

そう言う私を見て、ミヨちゃんはちょっとビックリして言った。

 

「ねぇ、舌が真っ赤だよ。痛くない?」

私はべぇっと舌を出し、窓ガラスをのぞき込んで見た。

本当だ、真っ赤だ。

まだピリピリした感じは残っているけれど、痛みはない。

 

私はハッと思い立って、ミヨちゃんに言った。

「ちょっと舌を見せて」

やっぱりだ。

「ミヨちゃんこそ緑色だよ」

 

私がそう言うと、ミヨちゃんも窓ガラスを覗き込んだ。

舌を出したまま窓ガラスとにらめっこしている様子を見て、私はぷっとふきだしちゃった。

「ミヨちゃん、へんな顔」

 

ミヨちゃんはこっちを見て言った。

「お互い様だよ」

ミヨちゃんも笑った。

 

そのまましばらく舌を見せ合って笑い続けた。

そのうちに色は元に戻ったけど、それでも笑った。

 

こんなに笑ったのは久しぶり。

本当に楽しかった。

私はミヨちゃんのことがちょっと苦手。

でも嫌いじゃない。

 

私は一人でいるのが好き。

でも誰かといるのも嫌いじゃない。

 

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ私は変わった気がする。

これも、まほうのこびんのおかげかな?

 

あ、そうそう。

あれから、まほうのこびんに不思議な水が現れることはなかったの。

でも、いまでも私のへやにこびんはあるよ。

こびんを見るだけで、あのときの二人の顔を思い出して楽しい気分になるの。

だから、こびんは私の宝物。

ずっと、ずっと、宝物。