1970年になると、アパレル、なかでもメンズファッションの世界で、アダルト戦略が活発になった。アイビーブームでVANやJUNが人気ブランドになるのを受ける形で、こんどはアダルト向けのブランド戦略に力を入れる企業が相次いだ。その口火を切ったのはダーバンが打ち出したアラン・ドロンの広告である。この話題に乗るように樫山(現オンワード樫山)やレナウン、三陽商会が大型キャラクターを起用しての広告をスタートさせた。

 

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 有名タレントを使ったキャラクター宣伝は、今に始まったことではない。しかし不況ムードに打ちひしがれている繊維業界、なかでもアパレルメーカーが揃いも揃って内外一流タレント(ギャラも超一流)と契約。テレビや雑誌などで大々的に宣伝するといった風は、他産業の関係者からも注目されるところである。ここではレナウン、樫山、三陽商会3社のキャラクター戦略の効用なるものを追跡してみた。

 「宣伝のヒットは必ずしも商品のヒットにつながらない」、ということは十分承知の上だが繊維業界におけるアパレルメーカーは、他産業に比べまだまだ一般消費者の知名度が低い。売らんかな…もさることながら、今こそ『企業イメージの高揚を図る時…』という共通した言葉が返ってきた。

ž   レナウン「ダーバン」=アラン・ドロン、「シンプルライフ」=ピーター・フォンダ、

ž   樫山「マッケンジー」=ピーター・フォーク。

ž   三陽商会「サンヨー・コート」=野坂昭如、「バーバリー・スーツ」「ミスター・サンヨー」=長嶋茂雄。

 すべて話題性十分な一流タレントやスポーツマンである。ここでこの3社に2つの共通した質問をしてみた。①不況時におけるキャラクター宣伝の効用②キャラクターと商品の共通コンセプト-である。

 まず①から、レナウンは「宣伝は、生産・販売というバランスから見て三分の一以下の役割しかない。そしてキャラクターのために売れたかどうかは判断が難しく、むしろイメージを売るといった感じである。そしてこれまで、海外ブランド品しか消費者に満足感を与えていなかったが、これからは国産品にも十分“自慢”できる商品を提供しなくてはならないし、同時に消費者に植え付ける必要がある」(宣伝部・今井課長)。

 樫山は「各事業部を統合し、幅広いマーケット戦略を行うには、より直接的にオンワードを消費者に知ってもらう必要がある。そのためには従来の宣伝方法だけでなく、中身や良さを理解してもらわなくてはならない。ピーター・フォーク起用は心温かい人間性を表現するのにマッチしたからだ」(総合企画部・猿渡課長)。

 一方、三陽商会は「野坂氏起用を考えた時は、コートの三陽(サンヨー)のイメージが、消費者にまだまだ薄い…という危機感からだ。確かに宣伝は当たったが、それが必ずしも商品売れ行きに結びついたかどうかわからない。今度の長嶋監督起用は、2つの商品のインパクトにぴったり合ったからだが、やはり三陽商会という企業イメージを高めることに繋がる」(販売促進課・小林課長)。

 次に②の商品とキャラクターのインパクトだが、三陽商会の長嶋監督起用は「バーバリー・スーツ」のターゲットである35~45歳というニューシニア・ゾーンと、都会派、中堅ビジネスマンのイメージに一番合っているからだという。さらに「ミスター・サンヨー」はレジャー・スーツだがスポーツマンに似合う。いずれにしても今の日本の中で、一番話題性がありしかも男女子供にまで親しまれている人は彼しかしない…といったところ。

 樫山のピーター・フォークは「マッケンジー」の宣伝に使われるが、同商品も30歳前後、企業の一線級サラリーマン(課長クラス)という商品ターゲットである。

 ピーター・フォークは“刑事コロンボ”で日本中騒がせた米国俳優だが、今の社会不安の中で”心のかよった人”として時代が要求したスターだ…という。

 コロンボの温かい、親切、強いというイメージが「マッケンジー」にあうようだ。

 レナウンの「シンプルライフ」はカントリー・フォークをねらったヤング・カジュアル商品、文字通りシンプルでリーズナブル・プライスをねらっている。ピーター・フォンダは、映画「イージーライダー」主演で知られる通り、現代的、都会的でヤングのアイドルでもある。来日した時も、滞在中は常に若い女性に囲まれた。ヤングのリーダーとして活躍するという。そして服装は実にシンプルに着こなしている。

 こうした中で、一番気になるのはやはり契約料。この種の契約は向こう1年で良ければ継続ということになるが、いずれも50万円を下らないトップ・タレントであるということは、業界関係者が認めるところである。

 その効用は、単に商品を売るだけでなく、いずれも業界ではトップ・クラスといわれるこの3社の、消費者向けのイメージ高揚にありそうだ。「不況だからこそ、企業の地位を確保しなければならない時だ」という話も聞いた。それにしても他産業からも、うらやまれるような一流タレントを、繊維のアパレルメーカーがこぞってさらったということは、何かもっと深い意味がある。

 それは消費者の満足感を与え得る国産品が、あまりにも少なく(特に重衣料において)遅ればせながらやっと国内ブランドが消費者に“自慢できる時代が来た”ことにも関係ありそう。

 ここでは、宣伝がヒットするとか、しないとか余分なろうばいより、もっと重要な問題が秘められている-と見た方が賢明だろう。(日本繊維新聞 昭和50年=1975年2月18日)