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民衆の歌が試合前に歌われるようになってから数年が経つ。確か2003年前後からだっただろうか。定かではないが、試合前直前が選手の奮闘し、挫折もありながら勝利を掴む模様が映し出される様になった。これは効果という面では高かった。キックオフ直前にこの模様を観て、私も心に熱いものを感じるのだ。

キックオフ直前というタイミングを考えれば、サポーターの気持ちを奮い立てる映像は効果はある。しかし映像は流れるだけでサポーターは受け身で終わる、また長年同じ曲、展開で飽きがあり変える必要があった。

そこで登場した民衆の歌。Les Misérablesでの熱い情熱が歌となった。フランス国旗のトリコロールと歌詞の内容、またLes Misérable本来の内容もシンクロした結果、マリノスサポーターのアンセムとなった。この歌の効果は高い。まずサポーターが歌う。今までは単に見るだけの受け身だったが歌う事、つまり参加型になった事で感情移入やチーム、スタンドの連帯感が高まった。また旗がなびくビジュアルもスタジアムを彩っている。新たなスタジアムでの感情、光景が生まれたのだ。それに伴い、旗が売れることでのグッズ収入、Les Misérablesとのタイアップと販売促進、広告宣伝効果も生まれ、2次的な効果も絶大である。

ここまでは民衆の歌がいかに必要なものとなったか、であるが、これは多くのサポーターが理解していることであろう。今回Twitterで民衆の歌の歌詞変更に関しては、大前提として民衆の歌が必要とされている上で歌詞変更を討議することになる。記述したが、民衆の歌はオーディエンスの気持ちを高める効果が絶大だ。歌詞は「気持ちが高ぶるもの」であるべきだ。歌詞の内容に関してはそこが重要であり、今の歌詞が相応しいのか否かが焦点になろう。また歌いにくいと意見もあり、歌詞を変えたらともあるが、この歌はそもそも歌いにくい。音程の起伏が激しいし、サビの前が言葉が詰まるので難易度が高い歌だ。歌いやすいことが何よりも重要ならば民衆の歌自体を諦めなければならないだろう。

歌詞は時代を反映させ、移り変わるものだ。ただ理念や情熱は変わらない。今の民衆の歌の歌詞は心が熱くなる素晴らしい歌詞であり、この歌詞でスタートし普及させる努力をしてきた。まだこの歌自体も完全に根付いたとは言い難い。10年、20年歌い続けて初めて検証が出来る、そんな重い意味合いの歌である。

先日、ジェラード最後のアンフィールドに響くYou'll never walk alone 。民衆の歌を自らのものに育てていきたいと感じた。長い年月をかけて彼は歌を自らのものにした。私達も民衆の歌を育てていきたい。

最後に今回このような議論が起きたことは素晴らしいと思います。歌の重要度を理解し、チームのための何ができるか。今後も前向きに討議出来たら素晴らしいと思います。またガンバ戦の前にブレストの場を設けた方々のご尽力に感謝致します・