石川博品『耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳』 | 私の耳は底ぢから

石川博品『耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳』

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旧ソ連よりちょっと民主化が進んだ架空の国家、「活動体連邦」が舞台の作品。「本地民」のレイチ・レイレイーチはエロ妄想と植物が好きなナイスガイである。彼は政府高官の親のコネで、「王国民」の子弟が多く通う第八高等学校に入学する。そこでレイチは極東のシャーリック王国からやってきたネルリ・ドベツォネガらと出会い、校内の自治委員会と防衛隊との抗争に巻き込まれていく、という青春グラフィティである。


大いに偏見に満ちた言い方をすると、ライトノベルの多くのキャラクターは作者によって考えだされた薄っぺらな存在だと言わざるを得ない。それらのキャラクターは常にハイテンションで生徒会活動や特別活動に精を出し、事件に自ら首を突っ込んで巻き込まれている。しかしそれらに何ら必然性を感じない。作者がアクションを起こす必要があるから騒いでいるだけである。中高生が読むものだからそれでいいが、時には鬼っ子が登場する。それがこの作品なのだ。


この作品がなぜおもしろいのかというと、キャラクター小説でありながら背景がしっかりしているということである。つまり、本地民とその他の王国民では育った環境が違うので、共通語で会話はできても細かなところでレイチはカルチャーショックを食らうことになる。たとえばこうだ。


 彼女の話し方や押しつけがましい身振り手振りは、本地の教育を受けたもの、とくに生徒委員など指導的な立場にいた者ならではのものだった。

「あいつ、あだ名は『委員長』で決まりだな」

 ワジが冗談めかして言ったので、僕はたしなめた。本地において活動委員を冗談の種に使うべきではないということを彼は知る必要があった。

(『耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳』p48から)


委員長キャラがこんな扱いを受けるとは思わなんだ。本地と辺境の諸王国の違いが、語り手の思考に影響を及ぼしているのである。こんなふうに、さまざまな対立が少しずつ描写されていくものだから、作劇に不自然なところがない。本題の盛り上がりにもすっと入ることができる。また、舞台がロシアっぽいだけあって異化的なエロ妄想が突然さしはさまれているが、扱われているテーマは父との確執とか、恋愛問題とか、しごく伝統的でまっとうなものだ。


第10回エンターブレインえんため大賞優秀賞受賞。3巻完結。