田中啓文『蹴りたい田中』 | 私の耳は底ぢから

田中啓文『蹴りたい田中』

田中 啓文
蹴りたい田中

お勧め度:★★★★★


題名からしてアレな空気が漂っているが、

実はそのとおりのアレな作品である。

なんかサイバーパンクSFとかいうジャンルらしいのだが、

正直その方面に詳しくないので良くわからない。

この短編集を読む限りでは、悪趣味とエログロと駄洒落

ベースにした、何でもありのドタバタSF、という事が言えそうだ。

この作品は、第130回茶川賞を受賞した直後に謎の失踪を

遂げた田中啓文の、幼少期から近年までの単行本未収録作品を集めた

遺稿集である、という仕組みになっている。

それを裏付ける、筆者の小学生のときの写真などの

仕込みのページなどはかなりイカしている。

その短編の中から、今日は「トリフィドの日」を皆さんにご紹介したい。

もちろん、ウィンダムの名作、「トリフィド時代 」のパロディーである。

知らない人に説明すると、ある日突然、視力を失ってしまった人類に、

トリフィドという食虫植物が襲い掛かるという作品である。

こういうとB級映画のようだが、面白いんです。


さて、「トリフィドの日」の主人公の名前はホシ、しかも製薬会社の若旦那とくれば、

本好きの人間なら思い浮かべるモデルは一人しかいないだろう。

そう、それでいいんです。ある日、彼の研究していた西洋松露、いわゆるトリュフが

捨て台詞を吐き、どこかに逃げてしまう。その直後から、街には巨大化したキノコが

むくむくと溢れ、人々は大騒ぎとなる。ホシと部下たちはおろおろする。

そんなところに、謎のエージェント、ダン・エイクロ・イド、アキラ、春日三級の

三人がやってくる。


そんな筋書きである。物語後半で一気に明かされるしゃべるトリュフ誕生の謎、

キノコ殲滅のための恐るべき作戦、そして駄洒落駄洒落のオンパレード。

こんなに妙な話を、駄洒落一つで乗り切ったのはすごいの一言である。

最後の最後まで伏線が巡らされており、ラストの衝撃は

シベリア超特急2 を上回るほど。


その他、表題作の「蹴りたい田中」は大和魂を燃料にして

軍艦を動かそうとする旧日本軍の話、

「赤い家」は蚊が主人公のサスペンスである。

しょーもない話がお好きな人はどうぞ。