ADHDであるということは、
自分が自分であることを見失います。

自分とは何だろう?
今までなんだったのだろう?
そしてどこへ向かうのだろう?

様々なWhy?にぶつかります。


ひとりひとり違うとは思います。
しかし、私は最近思うのです。

安易なラベリングはよくないのかもと。

発達障害であることを肯定的に捉えるなら、
それは私の天使のはね、脳にある羽です。
しかし、それを若いうち、つまるところ
療育の現場では安易に行ってほしくないなと思います。
なぜか?
これは当事者にとって一生の問題になるからです。
これから、判定されるであろう子どもらにとって生きていく上で一生向き合い続けなければなりません。

皆さんはご存知ですか❔

障害といえども、まだまだ根深い課題があります。
1998年優生保護法改正され、
断種を行うことは、禁じられました。

ひと昔前まで私たち障害を持つものは
有害とされ、子どもを作ることを禁じられました。子宮摘出が安易に行われていました。

しかし、そんな中でも先駆者たちの声が
制度を変え、法律を変えました。
私が支えられるのは、生活です。
今の生活を営めるようになること。
当たり前すぎますが、大事なことです。

これが具体的に視野に入ってくるようになれば、生きやすくなるでしょう。
視覚を刺激すると行動しやすくなります。
それが私の体感です。

今日はいつもの受診日でした。
自我同一性拡散状態だったため、
これからひとつずつ積み上げです。
診察ではエビリファイの増量するかを
決めました。6mgスタートもあり得たのですが、
低用量で効きすぎる体質なため、
散剤で5mgにしました。



(処方)
ストラテラ40mg
クエチアピン25mg
ベンザリン5mg
エビリファイ5mg前回より2mg増

発達障害について
多くの文献があります。
特性の解明が進められてきました。

しかしながら、、、
療育の現場でのことや、
子育てで発達障害確定診断に
至るまでの経緯が多いのが現実です。

ここでは、あくまで成人の発達障害に
焦点を絞り記載したいと考えています。
からだ、こころ、コミュニケーション。
様々なところから自分のことを
書いてみようと思います。

発達障害者法制定され10年。
ひとりひとりが生きやすくなれますように。