山上憶良は人麻呂、旅人と同世代の万葉歌人。普通なら恋や花鳥を好んで詠うものだが憶良は殆どそれをしない。不思議な歌人だ。
憶良が持統天皇の紀伊行幸に随行した際に詠った歌。40歳過ぎの作。
翼なす あり通ひつつ 見らめども 人こそ知らね 松は知るらむ
鳥に乗って皇子の霊魂は松代の空を飛び回っている、松にはそれが分かっている、と詠う。皇子とあるのは有間皇子。霊を鳥が運ぶと言う、万葉の通例に則ったオーソドックスな作法だ。ここでホトトギスとしないで単に鳥としたのは、主役の松を引き立てる配慮だろうか。松とは43年前の有間皇子の
磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また還り見む
従兄の中大兄皇子に陥れられて謀反の罪に問われ、斉明天皇と中大兄皇子の行幸先で尋問を受ける、その途上磐代(和歌山県)で無事の帰還を祈念して詠んだものだ。その祈願も空しく護送の帰りに扼殺される。
(死者の魂を運ぶ鳥の代表ホトトギス)
66歳で大宰府に転じていたところへ、大伴旅人が大宰府長官として夫婦で赴任して来て、早々その老妻が身罷る。次の長歌は、その際憶良が旅人に贈った大伴郎女の挽歌だが、大宰府での旅人との交流がどう影響したのか、その後歌の調子が年々変わっていく。
(長歌)・・恨めしき 妹の命(みこと)の 我(あれ)をばも いかにせよとか 鳰鳥(にほどり)の 二人並び
居ゐ 語らひし 心背(そむき)て 家離(ざか)りいます・・
鳰鳥はカイツブリ。鳰の字体が示すようにカイツブリは水に入る、潜る鳥と言うのが当時の感覚だが、ここでは仲のいい夫婦に譬えられている。斬新な着想だが、残念ながら鳥に具体名を付したのは、知る限りこのカイツブリと下の泣き言を言う鳥として登場するぬえ鳥の2つだけだった。
(カイツブリ。何時もそうしているわけではないが、陸に上って2羽揃っている姿が一番似合う)
なお、オシドリについては中国の古く戦国時代の故事「鴛鴦(えんおう)の契り」があり、夫婦円満の象徴とされたが、日本ではまだその故事は定着していなかったようだ。実際、オシドリは一夫多妻、雄は雌が産卵すると直ぐ別の雌の尻を追い駆け回す、と言う。
(オシドリが仲のいいのは産卵を見届けるまで)
雄
雌
憶良が能力を発揮するのは貧困や子を思う親の気持ちを題材とする分野だ。最晩年の憶良の代表作、貧乏問答歌。
(長歌)・・竈(かまど)には 火気(ほけ)吹き立てず 甑(こしき)には 蜘蛛(くも)の巣かきて 飯炊(いひ
かし)く ことも忘れて ぬえ鳥の のどよひ居るに・・
世の中を 憂しと恥(や)さしと 思へども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば
貧困を題材とする点はプロレタリア文学の走りと言いたいところだが、本人は意外に俗物だったようで、昇進欲々。上司にゴマを擦って猟官運動に精を出す、日常から飛び出してことをなそうとする気概はなかったようだ。
(ぬえ鳥の正体はトラツグミ)
憶良の子を思う気持ちは本物。大宰府に赴任した時、既に相当の高齢だったが、年齢を加えるほどに感情が増幅する。
憶良らは 今は罷(まか)らむ 子泣くらむ それその母も 我(わ)を待つらむぞ
旅人が主宰する宴席を中座する際に即興で詠ったものと言われる。泣く子を抱えて妻が待っているのが事実なら、よほど晩婚だったのだろうが、それは兎も角、この段階ではまだどことなくユーモアが感じられる。
(長歌)瓜食はめば 子ども思ほゆ 栗食はめば まして偲(しのは)ゆ いづくより 来きたりしものぞ 眼
交(まなかひ)に もとなかかりて 安眠(やすい)し寝なさぬ・・
銀(しろかね)も 金(く)がねも玉も 何せむに まされる宝 子にしかめやも
わが子の死に臨んでは
若ければ 道行き知らじ 幣(まひ)はせむ 黄泉(したべ)の使 負(ひお)ひて通らせ
「お供え物を弾みますから冥途の使いさん、わが子を背負って三途の川を渡してやってください」と詠う。藤原4兄弟が天然痘のパンデミックで相次いで死んだのが737年、わが子の死因がそれだとすれば憶良76歳前後、年老いて幼子を失った憶良の実感がこもって哀れが漂う。
わが子を詠む憶良の試みは後継を得ないまま王朝歌壇から消えるが、1300年の時を隔てて鳥の世界で憶良が蘇る。残して来たわが子が忘れられないのか、アカガシラサギが毎年やって来る。
(夏羽が綺麗なアカガシラサギ)
伝聞では、11年前近くの別のコロニーに1羽の雌のアカガシラサギがやって来て異種のコサギ雄と恋に落ち、やがて1子を儲けたが、秋が来ると独りわが子を残し故郷の中国に帰って行った。その次の年から春になると毎年のようにコロニーに1羽のアカガシラサギが現れ、周りの雛を相手に不思議な行動を繰り返すようになる。今年は残念ながらコロナ騒ぎで見に行けなかったが、同じように奇行を繰り返しているのだろうか。
(親の留守に巣に上がり込みサギの雛たちと戯れる 2018年)
(ゴイサギの雛を襲う 2019年)











