世の中に「貧乏徳利」というお名前をもらったモノがある。
不本意だと思っていることでしょう。
骨董価値としては無いものだと思いますが、庶民の生活を探る民具としての楽しみはあるとおもいます。

集まって頂きました。ここにあるのは全て岐阜県多治見高田というところで作られ、全国に広く流通したものです。
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「我々のことを世間では貧乏徳利などと言っているが、通(かよ)い徳利と呼んで欲しいものだ」と、申しております。

これらは、おもに酒屋が酒を売るために貸し出し用として作られた。
そのため、酒屋の名前や、酒の名前、町名、管理番号、電話番号などが書かれている。だいたい明治後期以降のものです。
ですから、この徳利が時代劇などに登場すると、時代考証どうなってんの?と思ったりします。

では、なぜ「貧乏徳利」などという名前になったのか?
昔、酒は木樽で輸送していた。
その樽から、量り売りで酒を買いにいく。
そのときの容器がこの徳利です。
信楽焼のタヌキさんもぶら下げていますね。
タヌキさんは三つぶら下げていますが、それはなんでしょう?

話題を元に戻します!
裕福な処では樽ごと買います。酒の流通形態は普通4斗樽(72リットル)だったとか。そんな量は一度に買えませんね。
貧乏人(庶民)は、この徳利を持参して買いにいっていたという訳です。

ちなみに、この写真の一番大きいもので2升入り、1升(1.8リットル)、小さいのがその半分で5合入りぐらいです。
縁起物で二升五合入りで「ますますはんじょう」と読ませるのってありますね。

大量に作られ焼かれるために、やはり重ね焼きの目跡が三つついたものがあります。このように長いものも重ねて焼いたんですね。
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文字は三方向に書かれたものが多く、屋号、酒名、番号などです。
歳暮などにも配ったとも聞いたことがあるので、この屋号のついたものを他店には持っていきにくいと思いますので、いいこと考えるものです。使い捨てではないのでエコなものです。

こちらは、佐賀県有田辺り、俗に伊万里といわれるものです。
酒店と書かれていますが、
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裏を返せば、
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醤油も造っていたの? 醤油を買うときもこれでした。

ちなみに、これら「貧乏徳利」ですが、
いまでは居酒屋さんや、古道具屋さんの看板みたいなもので、これさえ飾れば、なんだかそれっぽくなるじゃない! という、アイテムですね。
たくさんたくさんありますので、ご自分の名前の書かれたものなど探してみるのも楽しいかも知れませんね。

この徳利、紐をつけるといい感じになりますので、
結び方をご紹介します。
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この写真のように紐を通して、二つの輪の真ん中に徳利の首を入れて締めれば出来上がり。簡単でしょ!

その2は、美濃焼、伊万里以外の窯業地のものもご紹介します。

それではまた~(=^エ^=)V

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