自分のことを「うさぎタイプ」と自惚れている人は少なくない。


そういう人に限って、何でもそこそこ器用にこなす割には最後にあまりいい結果を残さない。


自分のことを器用だと思っている人は、実はたいして器用ではない。


ただ自分よりはるかに優秀な人に出逢ったことがないか、無意識に優秀な人を避けてきたというだけの話。


第一、自分のことを「器用貧乏」と悩んでいること自体が不器用な証拠だ。



自分が不器用であることを知ることが、成長の始まりになる。



不器用な人間、すなわち「かめタイプ」しか夢は叶わない。


試しにあなたの周囲を思い返してみたらどうだろう。


「夢を叶えた人たちは全員かめからスタートしている」ということに気づかないだろうか。


自分自身がかめだと知ることが夢実現の第一歩になるのだ。



うさぎとかめの決定的な違いとは何か。



「うさぎは器用で能力が高いが、それゆえに油断して負けた。かめは不器用で能力は低いが、それゆえに必死で努力して勝利した」



学校のテストではその模範解答で満点のはずだ。


でも、実社会のテストでこの解答では、残念ながら合格にはほど遠い。


うさぎとかめでは最初から「見えている風景」が違った。



最初からうさぎはかめに負けていたのだ。



学校秀才タイプにはこんな話はとても信じられないだろう。


現にうさぎは最初大差でかめに勝っていたし、あまりにも大差がついたからうさぎは途中で居眠りをしてしまっている。


でも、現象面だけではなく、本質を掴むと見えないものが見えてくる。


うさぎは「このレースでかめに勝ちさえすればいい」と思っていた。


一方、かめはうさぎに勝とうなんて思っていなかった。


かめだって「うさぎに勝ちたい気持ちはなかった」といえば嘘になるだろう。


でも、かめとうさぎの身体能力の差は歴然としているのだから、勝ちたい気持ちだけでは絶対に勝てないことくらい熟知している。


世の中には根性だけでは不可能なことはたくさんあるのだ。


もし自分がかめの立場だったら、うさぎのことなんて気にせずにがむしゃらにゴールに向かって歩き続けるのみだ。



かめにとってこのレースは、もはやうさぎに勝つためのレースではなく、自分自身との戦いになっている。



間違ってもうさぎのように途中でニンジンをお腹いっぱい食べて、ひと休みしてしまうことはない。


身体能力で大きく劣っていたかめに唯一できるのは、諦めずにひたすら歩き続けることだけだった。


ないものねだりしないで、分相応に自分の力を出し切る。


壮大な夢を描くのは大切だが、常に現実からしか出発できないというリアリストであることが夢を叶える人の特徴だ。


これは人間社会の縮図でもある。



夢を叶える人はライバルが自分自身しかいない。



ライバルを他の誰かに見立てると、毎日とても疲れる上に勝ってしまった時点で人生は終了になってしまう。


かめになって輝き続ける人生がかっこいいと思うが、いかがだろう。



心身ともに疲労困憊する競争の激しいピラミッド人生ではなく、


成すべきことを成す優雅な雲上人生を歩もう。



著:千田琢哉【仕事の答えは、すべて「童話」が教えてくれる。】p.16-23 一部抜粋



私はタイピングの練習も兼ねて、


「あぁ、これはいいな」


と思った文章をこうしてブログで書き連ねている。


ご了承願いたい。


恥ずかしながら、いまだに正しい手の位置で文字をタイプすることができない。


右手の稼働範囲がやけに広く、


左手はほぼ「A」専用でしか使っていない(笑)


しかし、ここ最近は文字を打つスピードが徐々に早くなってきて、


左手の稼働範囲も少しづつではあるが広くなってきた。



これも読んでいただいている皆様のおかげです。


いつも、ありがとうございます。



今日はここまで。


みんな誰かに変えられて、

みんな誰かを変えている。


今日もあなたにとって、素敵な一日でありますように!



門前仲町の書斎から 伊藤 航