中井貞子(原敬の妻) | 寅月

寅月

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 原は1883年11月26日付で天津領事に任命された。
赴任のため東京を出発する2日前の12月3日、井上外務卿の配慮で、初めて天皇に拝謁することができた。

2001年生まれ山田杏奈 拝謁を許されたのと同じ日、
原は中井弘の娘貞子と結婚した。
この時原は27歳 貞子は1869年8月15日生まれで14歳。
跡見女学校の生徒であった。
伊藤之雄 原敬 外交と政治の理想 上 136頁

■1887年2月8日
貞子夫人マルセイユ到着 原敬とともに12日パリ着

1905年12月16日 貞子夫人と離婚

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14歳、外交官夫人として天津。 17歳でパリ。
美人を選んで TVドラマにしてほしいです。 
『花燃ゆ』 みたいに歴史上の人物をぐるりと配置して・・


って、別段面白くないか

■1905年10月初め、
原が東北巡回を終えて東京に戻ると、貞子が他人の子供を懐妊して既に5か月であること聞いた。
                                              456頁
貞子が生んだ女児は貞子の弟の与一が引き取ることになり、原は別途、与一と貞子に500円を与えた。
                                               456頁

■1919年3月24日 深更病死
        ◆岡本正一が中井家を継いだ。
中井弘が京都府知事時代に岡本サダという女性に産ませた子供
                   (1892年3月12日生まれ)


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連続テレビドラマなら虚構で楽しくも