←こんなのが人魚に見えるコンディション■安政4年5月27日付で下田奉行が老中に報告したところでは
ハリスとその通訳であったヒュースケンは、看護婦の名目で女性二人の雇用斡旋を幕府にたびたび求めた。
もし、本当に看護婦を必要としたのであれば一人で良かった筈なのに、2人の女性を求めたところに彼らの真意が隠されてるといえよう。
彼等は切迫懇願し 乗り気でなかった幕府関係者の対応に「殊の外立腹」し、そのあと必至の嘆願」をおこなって下田奉行に承認させた。(『稿本』680)
幕末の朝廷 家近良樹 197頁
斉藤きち1841年12月22日 生
1857年の3か月間の就業(三夜という話もある
1890年 没 身投げ)
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そらまぁ 婦人の方が良いんだろうけど 外国なんだから考えれば良かったのに
要員はとしてアメリカの医者の指示で動いたんやろうか?
とか思ってたけど、ハリスは「おさよ」「おりん」等江戸その他で囲ってる。
~実体は医療従事じゃなさそう。
1804年生まれのハリス 祖父と孫の年齢差
生まれ育った世界から切り離されてれは 諦めもつくだろうけど、厳しいじゃろね