男色 平安朝末期 公家階級に盛行し、
鎌倉末期から足利時代にかけて武家社会にも入って 大流行する。
その盛行は江戸中期元禄時代まで続く
能楽の盛業と 時期が一致する。
元来能役者そのものが、男色の対象だった。
世阿弥が少年の頃、足利義満に男色を持って寵愛された。
この風は後世まで続き、元禄期までは年若い能役者は すべて上級武士の男色の相手だった。
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無惨な時代だね
藤原信頼は
後白河上皇の御寵愛で、正三位権中納言となった。
上皇は 闕官の出た近衛ノ大将にもしようとしたが
信西に諫言された。
『諸国の守を限りとする家柄で、不学不才の雇人、家柄を持ってするも身の才を持ってするも、今の官だけで超過しています。』 上皇の男色の御相手っててだけで・・
今だって 後世の人が唖然とするような事が いっぱいあるんだろうねぇ