ひろやがいく!!!

ひろやがいく!!!

6歳になるひろや
生後1か月頃からてんかん発作がはじまる。
CDD(CDKL5遺伝子欠損)によるウエスト症候群と診断される。
ACTH療法、ケトン食療法、服薬調整試すも発作がない日はない。
毎日を大事に大事に過ごして、まわりに助けてもらいながら、生きていきます!



この3ヶ月、娘の受験チャレンジとともに、私自身の


私の人生は、こうなるようになっていた!


という確信と


ご縁とか引き合わせとか


の因縁みたいなものに、涙したり、ときめいたり、いろんな感情が出てきました。


娘の体験を通して、なぜか自分の人生を振り返り、胸の奥にしまい込んで忘れていた敗北感や劣等感も消化しつつあります。


誰が興味あんねん!


的な話です。


今日のは、つらつらと長いよーー



桜 桜 桜 桜 桜 桜



私の高校受験は、不合格に終わり、私立の2次受験をして、すべりこみの高校生活が始まりました。


32年前の今頃、みんなが浮かれているこの頃は、まだ勉強してたはず。


合格発表の後、学校に報告に行かなきゃいけないのに、そのまま家に帰って、報告は誰かがしておいてくれるだろうとほっておいたら、担任から電話がかかってきて、


学校に来い。


と怒られ、職員室を訪ね、報告をすると、担任がニヤニヤしながら


お前は、あんなふうに泣かへんのか?


と泣き崩れている女の子を指しました。


誰がお前の前で泣くか!!


としれっとしたよね。


その悔しさや担任に対する思いが、いまさら込み上げてきてたんです。なぜなんだか分からないけども。


娘が、担任を大好きで慕っている分、そんな秘めたる思いが、湧いてきていたのかも〜


そんなタイミングで、ひろやの学校の卒業式の電報お披露目欄に、その担任の名前を見つけてしまいました。


こんなことある??


あのクソジジイも、当時はまだ20代だったんだー


とか


こういう子に接するようになってたのかぁ〜


という思いも出てきました。。。


32年前のあのニヤけた顔は、もう記憶から削除します。


もうええやん。あの人も変わったよ。
そして、お前も変わったよ。


と言われた気分。


そういうことなのよね…


それから、娘がこの数ヶ月お世話になった方が、私もお世話になった方の子どもさんだと判明しました。


はぁー

 
ちょっと甘酸っぱい思い出も思い出し、ときめいたラブラブ


これも、高校から始まったご縁なので、


アンさんは、受験には失敗したけど、それはそれよー


と言われた気分。


はぁー


こんなことあるんだな

 
親子2代が、私たち親子2代に与えてくれた温かい思い出を胸にまた進みましょ




それからそれから、


ひろやの就学問題の時に、校長先生から


ひろやの学校での世話は、近所の人に来てもらって、やってもらえばいい。
(詳しくは、一年前に書いたので、割愛します)


と言われたことに対して、ずっと心にシコリが残っていました。


そして、療育センターでお世話になった看護師さんが、

 
ひろやくんの卒園と一緒に、私も卒園して、ボランティアしてあげる。
学校に行くようになっても、お母さんは大変よ。私が助けてあげたい。


と言ってくださっていて、亡くなられる前に、


一緒に卒園もできなくて、手伝いの約束も果たせなくなってごめんね。


と言っていただいたことが、とても心に刺さっていました。


先生がしたかったことを私がして、先生の思いを次に繋げたい。


そして、今、


よしプンプン それじゃ
私が、『究極の』近所の人に
なってやるーー
そして、困っているお母さんを助けたい。


と思い始めています。


やっぱり、近所の人に助けてもらえという言葉は、思い返すたびにムカつく言葉やねん。


それを逆手に取ってやる。


資格はいらないと言われたので、ボランティアならそれでもいいかと思ったけど、まずはヘルパー資格を取りたいと思います。


今は、初任者研修と言うみたいね。


さぁ、動こう!!



いろんな封印がとけて、また軽くなって、ドキドキ💗の春です。