昨日、歌手の大橋純子さんが9日死去していたことを所属事務所が発表したえーんえーん

死因は公表されていないが、食道がんが再発して療養中だったとか。


食道がんだけでなく、乳腺がんにもかかって乳房を摘出していたとか。


大橋純子さんのステージは、10数年前に西梅田のビルボードライブ大阪で1回鑑賞した。


大橋純子さんは北海道夕張市出身で、1974年にプロ歌手としてデビュー。


1977年、自身のバックバンド「美乃家セントラル・ステイション」の名をクレジットした「シンプル・ラブ」のヒットで名を知られるようになった。


大橋純子さんの曲は、1980年頃までは美乃家セントラル・ステイションが演奏をした楽曲では同バンドをクレジットし、そうでない曲は大橋純子さんのソロ名義でリリースしていた。


ちなみに、夫は美乃家セントラル・ステイションのリーダーである、キーボード奏者🎹で作曲家の佐藤健さん。


また、現在は一風堂のバンドリーダーである土屋昌巳さんは初期の美乃家セントラル・ステイションのギタリスト🎸だった。


1978年にリリースされた「たそがれマイ・ラブ」と「サファリ・ナイト」、1981年にリリースされた「シルエット・ロマンス」は大橋純子さんのソロ名義、1979年にリリースされた「ビューティフル・ミー」は大橋純子さんと美乃家セントラル・ステイションの共同名義である。


大橋純子さんは、去る10月18日に死去した歌手のもんたよしのりさんと一時期同じレーベル「フィリップス」の所属だったことから、1983年にはもんたよしのりwith大橋純子名義で「夏女ソニア」を、1984年には大橋純子withもんたよしのり名義で「恋はマジック」をリリースしたことがあった。


結局、もんたさんの死去に際して哀悼の意を表したのが、大橋純子さんの最後の公式発言となったえーんえーん