チンチン電車見たことある?


もちろん^_^


私にとって、チンチン電車はズバリ阪堺線である^_^


大阪市西成区天下茶屋と聖天下の境に位置する阪堺線北天下茶屋電停は、踏切を挟んで浜寺駅前方面と恵美須町方面の乗り場が互い違いにあり、また踏切で交差する道との見通しが悪く、さらにはこの道の幅が狭くて遮断機が設置出来ず、警報機しかない第3種踏切のため、発車する時に運転士が足下のペダルを2回踏んで「チンチン」と警戒音を鳴らすことが多い(^^;;


路面電車が俗にチンチン電車と呼ばれるのは、ズバリこの「チンチン」という警戒音が所以なのだ。


昔、大阪市西成区岸里東と天神ノ森の境に位置する阪堺線聖天坂電停の近くに住んでいたことがあり、住み始めた頃には家の窓から阪堺線の路面電車が走る姿を見ることが出来たが、隣にデイリー&ウイークリーマンションが建設されて以降、見えなくなってしまったのだった(@_@)


阪堺線は私が聖天坂電停近くに住んでいた頃に8分間隔から12分間隔に減便され、その後15分間隔となり、現在は何と20分間隔の運行である(@_@)


また、昔は阪堺線が恵美須町〜浜寺駅前、上町線が天王寺駅前〜住吉公園、我孫子道の運行形態だった。


上町線の一部住吉〜住吉公園間は今年1月末を持って正式に廃止されたが、廃止前に運行形態が大幅に変更され、現在の恵美須町〜我孫子道、天王寺駅前〜浜寺駅前、我孫子道となった。


天王寺駅前〜我孫子道は6分間隔、我孫子道〜浜寺駅前は12分間隔の運行であり、今や阪堺線の恵美須町〜住吉はローカル扱いで、上町線から阪堺線住吉以南への乗り入れがメインとなっている。


この時点で、住吉公園には朝にごく一部が乗り入れるだけとなって、事実上廃止されたも同然だったのだ(@_@)


さらに、一時期堺市は南海本線堺駅と南海高野線堺東駅を結ぶ新規路線をライトレールで開業し、阪堺線の我孫子道〜浜寺駅前間をも組み込む大規模なライトレール構想を打ち出すも、市民の反対やシャープ堺工場の閉鎖等堺市を取り巻く状況の変化により、この構想は事実上白紙撤回されたも同然になっているとか。


それに追い打ちをかけるように、阪堺電気軌道が我孫子道〜浜寺駅前を赤字を理由に路線廃止を検討し始めたため、堺市は阪堺電気軌道が設定している大阪市内〜堺市内連続乗車運賃の割り増し分を市の予算(税)で補助し始め、さらにはライトレール形式の車両をも提供して、阪堺電気軌道に我孫子道〜浜寺駅前の廃止を思い留まらせることに躍起になっているのだ(@_@)


なお、現在国内で路面電車が走る都市は、下記のとおりだ^_^


札幌市(札幌市交通局)


函館市(函館市企業局交通部)


東京都(東京都交通局)


東京都(東急世田谷線)

なお、東急世田谷線は根拠法令が軌道法なので路面電車に分類されるが、併用軌道区間はないのだ(^^;;


富山市(富山地方鉄道)


富山市(富山ライトレール)

富山ライトレールは、旧JR富山港線が廃止になったことを受けて別会社によってライトレール化された路線で、唯一平成になってから開業した路面電車の路線である。


高岡市、射水市(万葉線)


豊橋市(豊橋鉄道)


福井市、越前市(福井鉄道)


京都市、大津市(京阪電鉄)

なお、併用軌道区間は大津市内のみ(^^;;


京都市(京福電鉄、通称嵐電)


大阪市、堺市(阪堺電気軌道)


岡山市(岡山電気軌道)


広島市(広島電鉄)

なお、廿日市市に乗り入れる宮島線の西広島〜広電宮島口間は鉄道事業法が根拠法令となっているが、路面電車スタイルの車両で広島駅前〜広電宮島口間を直通運転している^_^


高知市、南国市、いの町(とさでん交通)

昔は、土佐電鉄(通称土佐電)が路面電車を運行していたが、土佐電鉄とバスを運行していた高知県交通は県全体の慢性的な人口減によって利用客減少に歯止めがかからず、両社共債務超過に陥って会社の存続が危ぶまれるようになっていた(@_@)


高知県と高知市、南国市、いの町等の沿線自治体は、土佐電鉄、高知県交通、さらに土佐電鉄傘下の土佐電ドリームサービスの3社を併合する新たな第三セクター「とさでん交通」を設立して同社に出資し、2014年10月から同社が土佐電鉄、高知県交通、土佐電ドリームサービスの事業を継承する形で運用を開始した。


これにより、土佐電鉄、高知県交通、土佐電ドリームサービスは解散した(@_@)


松山市(伊予鉄道)


長崎市(長崎電気軌道)

日本一運賃が安い(均一運賃120円)路面電車で、これまた安い一日乗車券(500円)を買っても、5回以上乗り降りしないと元が取れないのだ(^^;;


京都市バス、京都バス共通一日乗車券(500円)だと、3回以上乗り降りすれば元が取れる(京都市バス、京都バス共に均一運賃区間では1回乗車230円)からなぁ(^^;;


熊本市(熊本市交通局)


鹿児島市(鹿児島市交通局)


なお、江ノ島電鉄(江ノ電)には腰越〜江ノ島間等に併用軌道区間が数多くあるが、鉄道事業法が根拠法令の路線であり、路面電車には分類されない(^^;;


なお、上記路面電車の内、万葉線と福井鉄道以外、すべて乗ったことがある^_^


今はなき路面電車で乗る機会が多かったのは、京阪京津線の三条〜御陵間と、名鉄岐阜市内線だった。


京津線の三条〜御陵間は、京都市営地下鉄東西線にその役目を引き継ぎ、1997年10月11日に営業運転を終了して廃止された。


蹴上のインクライン付近は、桜のシーズンになると桜の花をバックに走る路面電車の写真を撮る、今で言う撮り鉄が集まる場所で、渡辺美里のMTVが制作されたこともあった^_^


地下鉄東西線に引き継がれたことにより、三条は三条京阪と改称されたが、東山三条、蹴上と共に元の場所の近くに地下鉄の駅が設置され、御陵は旧京津線の御陵と日ノ岡のほぼ中間地点に駅が設置された。


三条〜御陵間は、京都市、京阪電鉄、地元企業が出資した第三セクター「京都高速鉄道」を設立して地下鉄施設を建設、また後に所有して京都市交通局に貸与する形で営業を開始した。


しかし、京都高速鉄道は旧京津線九条山駅付近に代替駅を設置しなかったため、九条山駅を利用していた複数の客が原告となって京都高速鉄道を相手に代替駅の設置を求める民事訴訟を起こした。


しかし、判決で原告の九条山の代替駅設置の訴えは棄却され、代替駅は20年近く経った現在も設置されていない(@_@)


また、2009年にこの区間の施設を京都市交通局が買い取ったことで現在は直営となっており、この時点で第三セクター「京都高速鉄道」は解散した。


名鉄岐阜市内線には、岐阜駅前〜長良北町間の本線と、美濃町線との連絡電停だった徹明町〜揖斐線忠節間の忠節支線があった。


しかし、岐阜市は車社会の発展、すなわち岐阜市の発展に路面電車は障害になるとして名鉄岐阜市内線を敵視する態度を取り続け、1960年に長良北町〜高富間の高富線を、1964年に忠節支線の千手堂〜西鏡島間の鏡島線を名鉄に圧力をかけて廃止に追い込み、バスに転換させた。


そして、1967年には岐阜市議会が名鉄岐阜市内線全面廃止の議案を可決したのだ(@_@)


しかし、岐阜市と名鉄との営業補償金が折り合わず、また路面電車を利用する岐阜市民を中心に「運賃の安い路面電車を廃止させて運賃の高いバスを利用させ、市民に負担増を強いるようなふざけた議決など即撤回せよ」と言う運動が起こったため、岐阜市内線全面廃止はこの時点では一旦棚上げになった(@_@)


1988年、岐阜市が「未来博」と言う当時流行りだった地方博を開催するにあたり、市は再度この議決を盾に名鉄に対して岐阜市内線を廃止せよと圧力をかけた。


1988年時点で、岐阜市内線の盲腸部分だった本線の徹明町〜長良北町間の営業収支は完全に赤字だった。


また、名鉄は新岐阜駅前〜長良北町間で運行区間がほぼダブっていた名鉄高富線廃止後の代替バス路線も持っており、車両や軌道等の鉄道施設の老朽化も進行していたため、名鉄は岐阜市内線本線徹明町〜長良北町間の廃止に同意して1988年3月末を持って営業運転(最終の3月31日は無料開放)を終了し、バスに転換した。


実は、岐阜市内線全面廃止議案が可決されて20年以上が経過した1988年3月時点においても、バスより路面電車の方が運賃が安かったのだ(^^;;


名鉄は、1999年3月末に美濃町線の末端部分だった新関〜美濃間の営業運転を終了し、代替路線となる長良川鉄道関市駅との接続を目的にした、新関〜関間の新線を翌日に営業開始した。


また、2001年9月末には揖斐線の末端部分だった黒野〜本揖斐間と谷汲線黒野〜谷汲間の営業運転を終了する等、赤字路線の廃止を推し進めた。


その一方で、美濃町線(田神線経由)新岐阜〜関間や揖斐線の忠節〜黒野間(新岐阜直行を含む)には新型車両を導入して、車両の新陳代謝を図って行った^_^


しかし、名鉄は2003年に軌道等の施設の老朽化が進む岐阜市内線、田神線、美濃町線、揖斐線を維持するためのテコ入れを一転して止めて空港線への資金注入に集中する方針を打ち出し、岐阜市、関市、本巣市、揖斐川町等での路面電車事業から2005年3月末を持って撤退すると発表した(@_@)


これに慌てたのが、路面電車を敵視し続けていた岐阜市だったのだ(@_@)


岐阜市内線本線徹明町〜長良北町の廃止で沿線の柳ヶ瀬の街が寂れ、岐阜城や長良川の鵜飼、長良川温泉を訪れる観光客が減る等、末端の高富線や鏡島線の廃止からは想像もつかなった打撃を受けた岐阜市は、関市、本巣市、揖斐川町等他の沿線自治体と共に、公有民営方式による路面電車の運転継続を名鉄に求めたが、金銭的に折り合わなかった(@_@)


結果はご存じのとおり、名鉄は予定どおり2005年3月末を持って路面電車の営業運転を終了し、一部を除いて傘下の岐阜バスに転換した(@_@)


それどころか、同じく2005年3月末を持って岐阜市は市営バス事業からの撤退を余儀なくされ、名鉄傘下の岐阜バスに市営バス路線を委譲したのだった(@_@)


岐阜市には市営交通を維持する予算すらなかったのだから、路面電車の運転継続にお金を出すことなど初めから無理だったのだ(@_@)


名鉄が直営でバスを走らせていた高富線、鏡島線のバス転換路線も、傘下の岐阜バスに転換した(@_@)


名鉄の路面電車が消えて以降、柳ヶ瀬同様に徹明町、忠節が寂れたのは言うまでもない。


路面電車廃止から11年以上が経過し、岐阜市内に名鉄の路面電車が走っていた名残もどんどんなくなって行ってることだろう(@_@)


乗る機会はなかったが、1975年に廃止された阪神北大阪線の野田〜天神橋筋六丁目、阪神甲子園線の上甲子園〜浜甲子園を走っていた路面電車、1978年9月末に廃止された七条通りで京阪電車と平面交差していた京都市電、そして最後の最後に乗ることが出来た、地下鉄谷町線天王寺〜八尾南の延伸開業でその役目を譲る形で1980年11月27日の営業運転(無料開放)を最後に廃止された南海平野線(阪堺電気軌道の今の路線は、昔はすべて南海電鉄の直営路線だった)の今池〜平野間は、今でもハッキリ覚えている^_^



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