函館記念当日、エリモハリアーカップと言うレースが行われる。

エリモハリアーは、2002年11月に京都競馬場で河内洋騎手(現調教師)が騎乗してデビューしたが、14頭立てのシンガリ人気で、着順はビリだった(^^;;

それから、今時点で私が生観戦した唯一の函館記念となっている2010年の函館記念まで、2歳から10歳までの延べ9年に渡って、実に63戦もしたタフネスぶりを誇った馬だった。

エリモハリアーは田所秀孝調教師が管理した馬で、今はなき「エリモ」の冠号が懐かしい^_^

デビューから8戦目、2003年夏の札幌での3歳未勝利戦で、厩舎所属だったアンちゃんの北村浩平騎手が騎乗して初勝利を収めた。

その後、主に北村浩平騎手が騎乗して、条件戦で勝利を重ねた。

2005年夏の函館開催で、エリモハリアーは本田優騎手(現調教師)を鞍上に迎えてオープン特別の巴賞を勝ったが、巴賞時点でエリモハリアーは準オープンクラスで、オープンクラスのレースに格上挑戦して勝ったのだった。

格上挑戦勝ちの勢いそのままに重賞挑戦で函館記念にエントリーしたが、田所秀孝調教師は軽ハンデだったこともあったのだが、本田騎手に詫びを入れながら厩舎所属の北村浩平騎手にスイッチしてレースに臨んだ。

エリモハリアーはこの函館記念を勝ち、デビューから33戦目で重賞勝ちを収めた。

現在は田所秀孝厩舎の調教助手を務める北村浩平騎手にとって、騎手生活中唯一の重賞勝ちが、このエリモハリアーでの函館記念だった。

函館記念での初重賞勝ちをステップに、エリモハリアーは重賞戦線の常連となったが、二つ目の重賞勝ちは、1年後の函館記念まで待つことになった。

2006年の函館記念は、アンカツさん(現競馬評論家)を鞍上に迎えて勝利を収めた。

これが、エリモハリアーの41戦目だった。

同年、G2の札幌記念に挑むも勝てず、脚部不安を発症したため長期休養に入った。

復帰は、翌2007年の函館開催での巴賞となった。

この巴賞から武幸四郎騎手を鞍上に迎え、3年連続で函館記念にエントリーした。

そして、武幸四郎騎手がエリモハリアーを勝利に導き、同一重賞3連覇の珍記録を達成した。

結果として、この函館記念勝ちがエリモハリアーにとって最後の勝ち鞍となるのだった。

再び、重賞戦線の常連となったが勝ち鞍はなく、翌2008年の函館記念で4連覇を目指したが、結果は4着だった。

2008年の函館記念が、デビューから50戦目だった。

2009年は函館競馬場の全面リニューアル工事で開催がなかったため、函館記念は札幌競馬場で開催されたが、この年の夏は、エリモハリアーは福島、小倉、新潟と転戦した。

2010年、新装なった函館競馬場で開催された初めての函館記念に、酒井学騎手が騎乗して出走した。

デビューから63戦目、10歳になったエリモハリアーは、実に5回目の函館記念出走だった。

結果は、16頭立てのシンガリ人気で13着T_T

さすがに、衰えは隠せなかった。

この函館記念が、結果としてエリモハリアーの最後のレースとなった。

エリモハリアーはその後、函館記念3連覇が評価されて、函館競馬場での乗馬用途に転用された。

今も、エリモハリアーは誘導馬、展示馬として、函館競馬場で元気に過ごしている。