ミハエル•シューマッハーは、1991年のベルギーグランプリでエディ•ジョーダン率いるジョーダンから、F1にデビューした。


この時は、スタート直後にギヤボックスを壊してしまい、0周リタイアに終わった。


次のレースから、フラビオ•ブリアトーレ率いるベネトンに移籍し、この年の鈴鹿での日本グランプリにはベネトンから初出場した。


当時、マイケルは耐久レースとF1を掛け持ちしており、カール•ベルドリンガー(当時ミナルディ?)と共に、鈴鹿での日本グランプリの翌週に、オートポリスでの耐久レースに出場した。


F1解説でおなじみのモータースポーツジャーナリスト今宮純さんによると、マイケルがF1で大成したのは、この耐久レースでの経験が活きて、インラップ、アウトラップの速さが、オープンホイール•マシンでのレースしか経験がない他のドライバーには真似が出来ない位に速かったからだという。


F1デビューから丸1年経った1992年のベルギーグランプリで、フォードのエンジンを搭載したベネトンのマシンを駆って初優勝を飾る。


アイルトン•セナが事故死した1994年、マイケルはベネトン•フォードのマシンで初の年間チャンピオンのタイトルを獲得し、日本で阪神淡路大震災が発生した1995年も、チャンピオンのタイトルを獲得した。


1996年、低迷を続けていたフェラーリF1チームの監督に現在はFIA会長を務めるジャン•トッドが就任すると共に、マイケルがドライバーとして迎え入れられた。


1996年は成績が伸びなかったが、1997年はウィリアムズ•ルノーのジャック•ビルヌーブとチャンピオンのタイトルを争った。


しかし、タイトル争いをしていたジャック•ビルヌーブのマシンを故意に邪魔し、リタイアに至らしめたとして、マイケルはこの年獲得したポイントをすべて没収され、ジャック•ビルヌーブがチャンピオンのタイトルを獲得した。


1998年、1999年と、2年連続でタイトルを争ったマクラーレン•メルセデスのミカ•ハッキネンに敗れ、都合4年間チャンピオン•タイトルから遠ざかるが、2000年には宿敵ミカ•ハッキネンを破り、自身5年ぶりのチャンピオンタイトルを獲得した。


また、マイケルはフェラーリに18年ぶりのコンストラクターズタイトルをもたらした(シーズントップのドライバーはジル•ビルヌーブとディディエ•ピローニの2人だったが、ジル•ビルヌーブはゾルダー•サーキットでのベルギーグランプリで事故死し、ジルの後任にパトリック•タンベイが参戦。また、ディディエ•ピローニはホッケンハイム•リンクでの予選でクラッシュして足に重傷を負い、そのまま引退。最終戦は、マリオ•アンドレッティが代役で参戦した。)と共に、フェラーリのドライバーとしては、1979年のジョディ•シェクター以来、実に21年ぶりのチャンピオンドライバーになった。


以後、2004年まで5年連続でチャンピオンドライバーのタイトルを獲得し、マイケルは黄金時代を迎えた。


2005年はタイヤレギュレーションの変更で、レース中のタイヤ交換が禁止になった。


タイヤ交換を前提にした開発ノウハウしか持たなかったブリヂストンは、ピットストップ作戦が取り入れられる前からF1にタイヤを供給していたミシュランに圧倒的な差をつけられ、マイケルはミシュランユーザーがレースをボイコットした、インディアナポリスでのアメリカグランプリでの1勝しか挙げられなかった。


結局、アメリカグランプリでのミシュランユーザーのボイコット事件から、タイヤ無交換は時代遅れで危険と言う結論に達し、2006年はタイヤ交換が再開された。


2005年、マイケルからチャンピオンドライバーのタイトルを奪取したのは、ルノーのフェルナンド•アロンソだった。


2006年は、マイケルとアロンソのチャンピオン争いとなったが、アロンソが2年連続でチャンピオンタイトルを獲得し、この年マイケルは一度ドライバーを引退し、フェラーリのバックスタッフに就任した。


2009年にチャンピオンタイトルを獲得した、ロス•ブラウン率いるプライベートチームは、2010年メルセデスのワークスチームとなった。


ロス•ブラウンは、かつてフェラーリで一緒に仕事をしたマイケルにドライバー復帰を持ちかけ、マイケルを見出したエディ•ジョーダン等、周囲の大方の反対を押し切る形でドライバーに復帰した。


しかし、同じチームのニコ•ロズベルグの成績を下回ることが多く、往年の力を見せることが出来ずに終わり、ルイス•ハミルトンにシートを譲る形で、2012年を持って再引退した。


F1での91勝は史上最多で、まだまだ勝利数を伸ばすであろうセバスチャン•フェテル、フェルナンド•アロンソ、ルイス•ハミルトン等の現役ドライバーを除くと、マイケルの91勝の次はアラン•プロストの51勝なので、その差は実に40勝。


ちなみに、現役ドライバーを除くF1での勝利記録は、マイケル91勝、プロスト51勝、セナ41勝、ナイジェル•マンセル31勝、ジャッキー•スチュワート27勝、ニキ•ラウダとジム•クラークが25勝、ネルソン•ピケ23勝と、時代を作ったドライバーの名がズラリと並ぶ。


事故死したアイルトン•セナとジム•クラーク以外は、現役引退後も様々な形でF1にタッチしている。


マイケルは、これからのF1の発展に必要な人であり、まだ死んでもらう訳にはいかないのだT_T