ダービーは、ベテランジョッキーでないと勝てないレースだと言われている。


実際に20代でダービーを勝った騎手は少なく、私の知る限りでは、23歳の時にヒカルイマイ馬でダービーを勝った田島良保騎手→調教師と、24歳の時にフサイチコンコルド馬でダービーを勝った藤田伸二騎手しか知らない。


ちなみに、最高齢ダービージョッキーは48歳の時にダイナガリバー馬で勝った増沢末夫騎手→元調教師だ。


現役最多のダービー4勝(スペシャルウィーク馬、アドマイヤベガ馬、タニノギムレット馬、ディープインパクト馬)を誇る武豊騎手でも、スペシャルウィーク馬で初めてダービーを勝った時には30代だったし、武豊騎手の父武邦彦騎手→元調教師も、1972年にロングエース馬でダービーを勝った時には30代だった。


岡部幸雄騎手が皇帝シンボリルドルフ馬でダービーを勝った時が30代、柴田政人騎手→調教師がウイニングチケット馬で、翌年南井克巳騎手→調教師がシャドーロールの怪物ナリタブライアン馬で、20世紀最後のダービーを河内洋騎手→調教師がアグネスフライト馬で、横山典弘騎手がロジユニヴァース馬でダービーを勝った時は、40代になっていた。


柴田政人騎手はダービーを勝った翌年、落馬事故の後遺症で現役騎手続行が困難になり、調教師に転向したが「前の年にダービーを勝っていたからこそ、騎手を辞める踏ん切りがついた。」と述べていた。


南井克巳騎手もダービーを勝った翌年、落馬事故で足を痛め、結局これが騎手を引退して調教師に転向することを決意させたのだったが、やはり「ダービーを勝ったから…」と当時述べていたのだ。


河内洋騎手は「ワシはダービーを勝つまでは、絶対に騎手を辞めん。」と公言していたが、アグネスフライト馬でダービーを勝って本懐を遂げたことで、調教師への転向を検討したらしいが、それを思い止まらせたのがアグネスフライト馬の全弟アグネスタキオン馬の出現だったのだ。


しかし、アグネスタキオン馬は無敗の皐月賞馬になりながら、ダービー目前に屈腱炎を発症して電撃引退し、最終的にこれが河内騎手に調教師への転向を促すことになった。


アグネスタキオン馬が出走出来なかったダービーを勝ったのは、角田晃一騎手→調教師が騎乗したジャングルポケット馬だった。


角田騎手は、20代の時にダービーを勝てる器の馬に巡り会いながら、その夢が叶わなかった。


その馬がフジキセキ馬で、無敗で朝日杯を勝ち、弥生賞まで進みながら、皐月賞目前に屈腱炎で電撃引退し、ダービーに駒を進めなかった。


フジキセキ馬引退から6年、30代になった角田騎手、師匠の渡辺栄調教師、齊藤オーナーはジャングルポケット馬でダービーを勝ったのだったが、アグネスタキオン馬が居なくなったダービーが色褪せなかったのは、ジャングルポケット馬と6年前のフジキセキ馬がいたからなのだ。


フジキセキ馬が居なくなった年のダービーを勝ったのは、フジキセキ馬同様サンデーサイレンス馬のファーストクロップだったタヤスツヨシ馬で、鞍上は小島貞博騎手→元調教師だった。


ダービーを複数回勝った数少ない騎手の1人で、ミホノブルボン馬でダービーを勝ったのが、40歳の時だった。


現役の騎手で、ダービーを複数回勝っているのは、武豊騎手と四位洋文騎手(ウオッカ馬とディープスカイ馬)で、武豊騎手はスペシャルウィーク馬→アドマイヤベガ馬、四位騎手はウオッカ馬→ディープスカイ馬でダービーを連覇したが、ダービーを連覇した騎手も武豊騎手と四位騎手しか知らない。


複数回勝った元騎手も、増沢末夫騎手(アサデンコウ馬とダイナガリバー馬)、大崎昭一騎手(ダイシンボルガード馬とカツトップエース馬)、小島太騎手(サクラショウリ馬とサクラチヨノオー馬)、郷原洋行騎手(オペックホース馬とウィナーズサークル馬)、小島貞博騎手(ミホノブルボン馬とタヤスツヨシ馬)しか知らない。


蛯名正義騎手は、昨年のダービーでフェノーメノ馬に騎乗し、鼻差ディープブリランテ馬を捕らえられずに敗れ、人目はばからず号泣しょぼんしょぼんしょぼんDASH!したと言う。


蛯名騎手も40代のベテランジョッキーで、いくつもビッグレースを勝ってるが、ダービーはまだ勝ったことがないのだ。


ディープブリランテ馬で勝った岩田康誠騎手のみならず、フェノーメノ馬で負けた蛯名騎手をも号泣させたくらい、蛯名騎手はダービーは是非とも勝ちたいレースだと公言し、以前週刊プレイボーイにコラムを掲載していた時にも「騎手をやる以上、一番勝ちたいレースはダービーだ。」と書いていた。


横山典弘騎手がロジユニヴァース馬でダービーを勝った時「40代のオジサンジョッキーになってやっとダービーを勝てたが、いくつになってもダービー勝ちは嬉しいものだよニコニコ」と述べていた。


ダービーは、地味な存在の騎手を輝く存在にするレースでもある。


アイネスフウジン馬の中野栄治騎手→調教師、翌年のトウカイテイオー馬の安田隆行騎手→調教師は馬事公苑の同期だが、中野騎手にはアイネスフウジン馬、安田隆行騎手にはトウカイテイオー馬が、騎手として唯一のG1勝ちの馬なのだ。


今年調教師に転向した石橋守騎手にとっても、結局メイショウサムソン馬が唯一のG1勝ちの馬となったが、騎手としては地味だった中野栄治騎手、安田隆行騎手、石橋守騎手に輝きをもたらしたのが、ダービーだった。


皇帝シンボリルドルフ馬以降のダービー馬と、ダービージョッキーの当時の年齢を列挙しよう。


シンボリルドルフ馬
岡部幸雄騎手、30代


シリウスシンボリ馬
加藤和宏騎手、30代


ダイナガリバー馬
増沢末夫騎手、40代


メリーナイス馬
根本康広騎手、40代


サクラチヨノオー馬
小島太騎手、40代


ウィナーズサークル馬
郷原洋行騎手、40代


アイネスフウジン馬
中野栄治騎手、40代


トウカイテイオー馬
安田隆行騎手、40代


ミホノブルボン馬
小島貞博騎手、40代


ウイニングチケット馬
柴田政人騎手、40代


ナリタブライアン馬
南井克巳騎手、40代


タヤスツヨシ馬
小島貞博騎手、40代


フサイチコンコルド馬
藤田伸二騎手、20代


サニーブライアン馬
大西直宏騎手、30代


スペシャルウィーク馬
武豊騎手、30代


アドマイヤベガ馬
武豊騎手、30代


アグネスフライト馬
河内洋騎手、40代


ジャングルポケット馬
角田晃一騎手、30代


タニノギムレット馬
武豊騎手、30代


ネオユニヴァース馬
ミルコ・デムーロ騎手、20代


キングカメハメハ馬
安藤勝己騎手、40代


ディープインパクト馬
武豊騎手、30代


メイショウサムソン馬
石橋守騎手、30代


ウオッカ馬
四位洋文騎手、30代


ディープスカイ馬
四位洋文騎手、30代


ロジユニヴァース馬
横山典弘騎手、40代


エイシンフラッシュ馬
内田博幸騎手、30代


オルフェーヴル馬
池添謙一騎手、30代


ディープブリランテ馬
岩田康誠騎手、30代


第80代目のダービーの歴史に名を刻む馬、ジョッキーは果たして?