来週は、いよいよダービーニコニコ


来週のダービーで、人気になるであろう、皐月賞馬ロゴタイプ馬ラブラブ!、皐月賞2着のエピファネイア馬ラブラブ!、毎日杯→京都新聞杯勝ちのキズナ馬ラブラブ!には、3頭三様に思い入れのある血統馬ばかりで、実に悩ましいのだガーンガーンガーン


しかし、この3頭でダービーの舞台である府中の芝2400mが一番似合うのはオークス馬シーザリオ馬の仔エピファネイア馬だと思っているし、そろそろベテランの域に入ってきて通算1500勝も達成した福永祐一騎手に、初のダービー勝ちを母シーザリオ馬と仔エピファネイア馬両方に騎乗してクラシックレース制覇と言う、競馬馬長音記号2DASH!はブラッドスポーツと言うことを絵に描いた結果で達成して欲しいと思う気持ちが一番強い。


シーザリオ馬の父は、ダービー馬スペシャルウィーク馬だし、エピファネイア馬の父は、ダービー2着だったシンボリクリスエス馬


父福永洋一元騎手は、残念ながらダービーには縁がなくて、小島太騎手(現調教師)がサクラショウリ馬で勝った1978年のダービーで、人気薄だったカンパーリ馬での3着が最高成績だった。


1978年のダービーは、4番人気だったサクラショウリ馬が勝ち、12番人気だったアグネスホープ馬(久保敏文騎手)が2着、10番人気だったカンパーリ馬が3着で、1番人気に推されたバンブトンコート馬(武邦彦騎手)は4着だった。


この年から遡ること12年、1966年のダービーを勝ったのが12番人気のテイトオー馬(清水久雄騎手→元調教師)で、1966年、1978年共に干支が午だったので、午年のダービーには12番人気の馬が馬券に絡むと言う説を出したのが、井崎脩五郎さんだったガーン


実際、1990年のダービーでは3番人気のアイネスフウジン馬(中野栄治騎手→調教師)が逃げ切って勝ち、1番人気のメジロライアン馬(横山典弘騎手)が2着、そして12番人気のホワイトストーン馬(田面木博公騎手)が3着に来たのだ。


しかし、21世紀に入った2002年の午年ダービーでは12番人気の馬は馬券に絡まず、この定説?が消えてしまったのだったショック!ガーン


ちなみに、2002年のダービー勝ち馬は1番人気のタニノギムレット馬(武豊騎手のダービー3勝目)、2着は3番人気のシンボリクリスエス馬(岡部幸雄騎手はメジロラモーヌ馬の弟メジロアルダン馬、レオダーバン馬、ナリタブライアン馬の兄ビワハヤヒデ馬、エアダブリン馬、ジェニュイン馬に次いで、実に6回目のダービー2着だったのだガーン)、3着は8番人気だったマチカネアカツキ馬(北村宏司騎手。2着、3着は共に藤沢和雄調教師の管理馬で、名馬をたくさん輩出した藤沢和雄調教師も、まだダービー馬は輩出していない)で、12番人気だったバンブーユベントス馬(村田一誠騎手)は、人気どおり12着だったガーン


福永祐一騎手の今時点でのダービーでの最高成績は、牝馬のウオッカ馬が勝った2007年のダービーでのアサクサキングス馬の2着だ。


ダービーの時のアサクサキングス馬は、きさらぎ賞を勝ちながらNHKマイルカップで惨敗したため、18頭立ての16番人気とメチャメチャ人気を落としていたのだった。


福永祐一騎手はアサクサキングス馬で逃げを打ち、ウオッカ馬には3馬身ちぎられたものの2着に粘って、大穴を提供したのだった。


この年、ウオッカ馬でダービーを勝ち、秋にこのアサクサキングス馬で菊花賞を勝ったのが四位洋文騎手で、福永騎手は四位騎手に美味しいところを持って行かれた格好になったのだった。


福永祐一騎手は、牡馬クラシック三冠レースはまだ勝っていないのだ。