クマちゃんこと熊沢重文騎手が、土曜日に中山競馬場で行われた中山大障害(J・G1)をマーベラスカイザー馬で勝ち、障害重賞競走にグレード制が導入される前から通算しても、史上初となる平地、障害両方のG1ジョッキーに輝きましたニコニコキラキラ


熊沢騎手は1986年に内藤繁春厩舎からデビューし、1988年にコスモドリーム馬でオークスを勝ち、同期騎手で最も早くG1ジョッキーとなった。


その後師匠の内藤繁春調教師が管理したダイユウサク馬で有馬記念を、テイエムプリキュア馬で阪神ジュヴェナイルフィリーズを勝ったが、コスモドリーム馬は24頭立ての9番人気、ダイユウサク馬は15頭立てで最低の15番人気、テイエムプリキュア馬は18頭立ての13番人気と、いずれも人気薄の馬で勝ち、大波乱を演出した。


また、今年のグランプリホースとなったゴールドシップ馬、昨年の三冠馬オルフェーヴル馬を輩出した、ステイゴールド馬の新馬戦にも熊沢騎手が騎乗した。


この新馬戦では、ステイゴールド馬がレース中にバカついて、熊沢騎手は振り落とされた(落馬競走中止)のだった。


また、1998年の天皇賞・春と宝塚記念、1999年の天皇賞・秋では、人気薄だったステイゴールド馬を2着に持って来て、波乱を演出したのだった。


同期には、現役のノリちゃんこと横山典弘騎手、松永幹夫調教師等がいる。


熊沢騎手は、誰も成し得ていなかった平地、障害両方のG1制覇を大目標に掲げていたが、障害レースでの落馬事故で何度か重傷を負い、一時期は障害レースに騎乗せず、平地競走だけ騎乗していた時期もあった。


しかし、平地、障害両方のG1制覇をあきらめたのではなく、平地競走に乗れるまで回復したから、平地に乗っていたに過ぎなかったのだ。


賃金等の変更があるためなのか、ナリタトップロード馬で菊花賞を勝ったナベちゃんこと渡辺薫彦騎手等、秋時点で騎手引退、調教助手転向を表明していた芹沢純一騎手以外にも、年末に数多くの騎手が引退して調教助手に転向したが、クマちゃんは平地、障害両方のG1制覇と言う大願を成就したので、調教師への転向を期に、ムチを置いて欲しいものだ。


名門内藤繁春厩舎の筋を、残して欲しいものだ。


ナベちゃんの引退表明には、正直ビックリした。


同期の、ミユキちゃんこと幸英明騎手は自らが持つ年間最多騎乗数を今年も更新したし、サンカルロ馬の主戦吉田豊騎手もナベちゃんと同期で、バリバリに活躍してるのに…


師匠の沖芳雄調教師は、まだ定年退職を気にする年齢ではないので、沖厩舎で調教助手をする傍らで、調教師になるべく勉強して、沖厩舎の暖簾を分けてもらう考えなのだろうか?