阪神タイガースは5位に終わり、ポストシーズンに進めなかった
が、セ・パ両リーグでクライマックスシリーズのファーストステージが行われている。
セ・リーグはナゴヤドームで中日-ヤクルトが行われており、一昨日は中日、昨日はヤクルトが勝って1勝1敗のタイとなり、今日勝ったチームがセカンドステージに進み、東京ドームで巨人と対戦する。
パ・リーグは西武ドームで西武-ソフトバンクが行われており、一昨日はソフトバンク、昨日は西武が勝って1勝1敗のタイとなり、今日勝ったチームがセカンドステージに進み、札幌ドームで日本ハムと対戦する。
ファーストステージは、先に2勝したチームがセカンドステージに進出するため、引き分けにならない限り3戦で終了する。
セカンドステージは、各リーグの優勝チームには1勝のアドバンテージが与えられており、リーグ優勝したチームが先に3勝、またはファーストステージを勝ち上がったチームが先に4勝すれば日本シリーズに進出するため、引き分けにならない限り最大6戦で終了する。
日本シリーズでは、先に4勝したチームが日本一となり、引き分けにならない限り最大7戦で終了する。
ちなみに、クライマックスシリーズはまだ歴史が浅いため、引き分けで対戦が延びたことはないが、日本シリーズでは1回だけ7戦で決着がつかず、8戦に突入したことがあった。
1986年の広島-西武で、第1、2戦は広島市民球場で行われ、第1戦は引き分け、第2戦は広島が勝った。
第3~5戦はドーム化される前の西武球場で行われ、第3、4戦と広島が勝ち、日本一に王手をかけた。
しかし、第5戦を西武が勝って、舞台は再び広島市民球場へ。
第6~8戦と西武がすべて勝ち、崖っぷちからの大逆襲で西武が日本一になった。
この年は、この度WBC日本代表監督になることが決まった山本浩二さん現役最後の年だったが、引退の花道を日本一で決めることは出来ず、若手の台頭が著しかった西武の前に屈した。
第7戦までもつれたケースは幾度もあったが、4戦4勝のストレート勝ちを収めたチームは少なく、私が知る限り、セ・リーグでは1960年の大洋ホエールズ(DeNAの前身)が大毎オリオンズ(ロッテの前身)に4戦4勝のストレート勝ちを収めただけではなかろうか。
セ・リーグ9連覇、9年連続日本一に輝いた巨人でさえも、4戦4勝のストレート勝ちは一度もなかった。
一方パ・リーグは、1959年に南海ホークス(ソフトバンクの前身)が巨人に、1991年に西武が巨人に、2005年にロッテが阪神に、それぞれ4戦4勝のストレート勝ちを収めた。
阪神タイガースはセ・パ分裂後、5回しかリーグ優勝していない。
1962年は東映フライヤーズ(日本ハムの前身)に、1964年は南海ホークスに敗れ、日本一にはなれなかった。
1985年、球団創設50周年の年に、西武を破って日本一に輝いたが、これが阪神タイガース唯一の日本一である。
2003年、2005年と、リーグ優勝を果たすも、2003年はダイエー(ソフトバンクの前身)に敗れ、2005年はロッテに4戦4敗のストレートで敗れ、日本一にはなれなかった。
また、クライマックスシリーズが開催されるようになってからは、いずれもファーストステージ敗退を喫しており、日本シリーズに進出したことも、セカンドステージに進出したこともない。
歴史的V逸を喫した2008年には、甲子園球場リニューアル工事の関係で京セラドーム大阪に中日を迎えたが、中日に敗れた。
消滅した近鉄バファローズは4回パ・リーグ優勝を果たしたが、日本シリーズでは1979、1980年は広島に、1989年は巨人に、2001年はヤクルトに敗れ、日本一になれないまま球団が消滅した。
撤退消滅した近鉄、新規参入した楽天を除くと、1回しか日本一になったことがないチームは阪神だけなのだ
テールエンダーの常連大洋→横浜→DeNA、なかなか日本シリーズを勝てない中日でも2回日本一に輝いている。
1985年の阪神タイガースは、打撃部門三冠王(首位打者、本塁打王、打点王すべてを獲得)に輝いたランディ・バース(54本塁打)を始め、掛布(40本塁打)、岡田(35本塁打)、真弓(34本塁打)と、4人も30本塁打越えの選手がいた。
広島も、ギャレット、山本浩二、衣笠、水谷の4人が30本塁打越えしたが、その年はリーグ優勝を果たせなかった。
今年の阪神タイガースのチーム本塁打は、1985年のバースと掛布の2人分にも満たなかったのだから、勝てなくて当然だった。
さて、今年は巨人の阿部が三冠王獲得なるかと言うところまで行ったが、本塁打王をヤクルトのバレンティンに持って行かれ、二冠王留まりだった。
過去、打撃部門三冠王に輝いたのは、中島治康さん(巨人)、野村克也さん(南海)、王貞治さん(巨人:2年連続2回)、ブーマー・ウェルズ(阪急ブレーブス)、ランディ・バース(阪神:2年連続2回)、落合博満さん(ロッテ在籍時:2年連続2回)の6人しかおらず、また9回しか樹立されていない。
阿部が三冠王を獲得していれば、捕手では野村克也さん以来となるところだった。
王さんは「本塁打と打点の数字は減ることがないが、打率は打てないと減るので、首位打者になることが一番難しかった。」と言ったが、実際王さんは首位打者になったことが、本塁打王、打点王になったことよりも少なかった。
落合博満さん(前中日監督)は、ロッテ在籍時に2回三冠王に輝いたが、移籍先の中日ドラゴンズでも在籍6年間で二冠王2回、その他の年もいずれか1部門で打撃部門トップに立ったのだった。
つまり、いずれも昭和時代に達成された記録であり、平成になってからは三冠王は誕生していないのだ。
が、セ・パ両リーグでクライマックスシリーズのファーストステージが行われている。セ・リーグはナゴヤドームで中日-ヤクルトが行われており、一昨日は中日、昨日はヤクルトが勝って1勝1敗のタイとなり、今日勝ったチームがセカンドステージに進み、東京ドームで巨人と対戦する。
パ・リーグは西武ドームで西武-ソフトバンクが行われており、一昨日はソフトバンク、昨日は西武が勝って1勝1敗のタイとなり、今日勝ったチームがセカンドステージに進み、札幌ドームで日本ハムと対戦する。
ファーストステージは、先に2勝したチームがセカンドステージに進出するため、引き分けにならない限り3戦で終了する。
セカンドステージは、各リーグの優勝チームには1勝のアドバンテージが与えられており、リーグ優勝したチームが先に3勝、またはファーストステージを勝ち上がったチームが先に4勝すれば日本シリーズに進出するため、引き分けにならない限り最大6戦で終了する。
日本シリーズでは、先に4勝したチームが日本一となり、引き分けにならない限り最大7戦で終了する。
ちなみに、クライマックスシリーズはまだ歴史が浅いため、引き分けで対戦が延びたことはないが、日本シリーズでは1回だけ7戦で決着がつかず、8戦に突入したことがあった。
1986年の広島-西武で、第1、2戦は広島市民球場で行われ、第1戦は引き分け、第2戦は広島が勝った。
第3~5戦はドーム化される前の西武球場で行われ、第3、4戦と広島が勝ち、日本一に王手をかけた。
しかし、第5戦を西武が勝って、舞台は再び広島市民球場へ。
第6~8戦と西武がすべて勝ち、崖っぷちからの大逆襲で西武が日本一になった。
この年は、この度WBC日本代表監督になることが決まった山本浩二さん現役最後の年だったが、引退の花道を日本一で決めることは出来ず、若手の台頭が著しかった西武の前に屈した。
第7戦までもつれたケースは幾度もあったが、4戦4勝のストレート勝ちを収めたチームは少なく、私が知る限り、セ・リーグでは1960年の大洋ホエールズ(DeNAの前身)が大毎オリオンズ(ロッテの前身)に4戦4勝のストレート勝ちを収めただけではなかろうか。
セ・リーグ9連覇、9年連続日本一に輝いた巨人でさえも、4戦4勝のストレート勝ちは一度もなかった。
一方パ・リーグは、1959年に南海ホークス(ソフトバンクの前身)が巨人に、1991年に西武が巨人に、2005年にロッテが阪神に、それぞれ4戦4勝のストレート勝ちを収めた。
阪神タイガースはセ・パ分裂後、5回しかリーグ優勝していない。
1962年は東映フライヤーズ(日本ハムの前身)に、1964年は南海ホークスに敗れ、日本一にはなれなかった。
1985年、球団創設50周年の年に、西武を破って日本一に輝いたが、これが阪神タイガース唯一の日本一である。
2003年、2005年と、リーグ優勝を果たすも、2003年はダイエー(ソフトバンクの前身)に敗れ、2005年はロッテに4戦4敗のストレートで敗れ、日本一にはなれなかった。
また、クライマックスシリーズが開催されるようになってからは、いずれもファーストステージ敗退を喫しており、日本シリーズに進出したことも、セカンドステージに進出したこともない。
歴史的V逸を喫した2008年には、甲子園球場リニューアル工事の関係で京セラドーム大阪に中日を迎えたが、中日に敗れた。
消滅した近鉄バファローズは4回パ・リーグ優勝を果たしたが、日本シリーズでは1979、1980年は広島に、1989年は巨人に、2001年はヤクルトに敗れ、日本一になれないまま球団が消滅した。
撤退消滅した近鉄、新規参入した楽天を除くと、1回しか日本一になったことがないチームは阪神だけなのだ

テールエンダーの常連大洋→横浜→DeNA、なかなか日本シリーズを勝てない中日でも2回日本一に輝いている。
1985年の阪神タイガースは、打撃部門三冠王(首位打者、本塁打王、打点王すべてを獲得)に輝いたランディ・バース(54本塁打)を始め、掛布(40本塁打)、岡田(35本塁打)、真弓(34本塁打)と、4人も30本塁打越えの選手がいた。
広島も、ギャレット、山本浩二、衣笠、水谷の4人が30本塁打越えしたが、その年はリーグ優勝を果たせなかった。
今年の阪神タイガースのチーム本塁打は、1985年のバースと掛布の2人分にも満たなかったのだから、勝てなくて当然だった。
さて、今年は巨人の阿部が三冠王獲得なるかと言うところまで行ったが、本塁打王をヤクルトのバレンティンに持って行かれ、二冠王留まりだった。
過去、打撃部門三冠王に輝いたのは、中島治康さん(巨人)、野村克也さん(南海)、王貞治さん(巨人:2年連続2回)、ブーマー・ウェルズ(阪急ブレーブス)、ランディ・バース(阪神:2年連続2回)、落合博満さん(ロッテ在籍時:2年連続2回)の6人しかおらず、また9回しか樹立されていない。
阿部が三冠王を獲得していれば、捕手では野村克也さん以来となるところだった。
王さんは「本塁打と打点の数字は減ることがないが、打率は打てないと減るので、首位打者になることが一番難しかった。」と言ったが、実際王さんは首位打者になったことが、本塁打王、打点王になったことよりも少なかった。
落合博満さん(前中日監督)は、ロッテ在籍時に2回三冠王に輝いたが、移籍先の中日ドラゴンズでも在籍6年間で二冠王2回、その他の年もいずれか1部門で打撃部門トップに立ったのだった。
つまり、いずれも昭和時代に達成された記録であり、平成になってからは三冠王は誕生していないのだ。