挨拶が始まりましたしょぼんダウンダウン


アニキは広陵高から東北福祉大を経て、1991年ドラフト4位で広島に入団した。


最初の3年間、本当に苦しかったと述懐するアニキ。


2000年、プロ入り8年目に、打率3割、本塁打30本、盗塁30のトリプルスリーを達成した。


2003年、FAで阪神に移籍、18年ぶりのセ・リーグ優勝に多大なる貢献をした。


今日の相手DeNAには「監督が一番目立つようではダメしょぼんNGダウン」と苦言を呈し、選手達に奮起を促した。


ベンチ前に立ってる新井良太は、目に一杯涙をためているしょぼん


最後の言葉は「ファンの皆様、夢をありがとうしょぼん


ファンの1人として、アニキには同じ言葉をお返ししたいしょぼんしょぼんしょぼんしょぼんしょぼん


相手DeNAから番長三浦と金城が、阪神は選手会長の関本、投手主将の藤川、野手主将の鳥谷が花束を渡した。


そして、スペシャルゲストとして甲子園球場に来ていた清原が花束を渡した。


清原は自身の引退セレモニーでのスピーチで金本の名前をあげて、感謝の念を述べたのだが、金本がプロ野球選手になった頃、一番憧れてたのが清原だったらしい。


そして、最後ベンチ前に整列した和田監督、コーチ、選手、裏方さん全員と握手を交わしたが、その時には目も顔もすっかり優しくなって、厳しい勝負師の顔ではなくなっていたねニコニコ


最後に、チームメイトがアニキを胴上げし、アニキが場内一周してセレモニーが終了ニコニコ


スピーチでは、まだ言い足りないことがありそうだったが、栄光の影での苦闘は壮絶なもので、どれだけ長い時間をかけて話しても足りないだろう。


私は、元米大リーガーのカール・リプケンが持っていた連続フルイニング試合数 903を更新し、金本アニキがギネスに認定された時のセレモニーを甲子園球場でたまたま見ることが出来たのだが、その数を最終的には1492にまで伸ばした。


しかし、晩年の3年は肩の痛みと年齢からの力量の衰えを隠せず、スピーチの中でも述べていたが、弾丸ライナーのホームランを打てなくなった。


甲子園球場では、何度もアニキの打った瞬間に分かる弾丸ライナーのホームランを見たので、それを見れなくなった時期から、正直「晩節を汚すことなく、早く引退して欲しいしょぼん」と思うようになったので、寂しさよりもホッとした思いが一杯だ。


最後に「金本アニキ!!弾丸ライナーのホームランをいっぱい見せてくれて、本当にありがとうしょぼんしょぼんそして、長年本当にお疲れさまでしたニコニコニコニコ