準決勝第1試合
明徳義塾(高知)0
大阪桐蔭(大阪)4
準決勝第2試合
光星学院(青森)9
東海大甲府(山梨)3
明日の試合
決勝戦
大阪桐蔭(大阪)
光星学院(青森)
私は40年以上高校野球を見てきましたが、春の決勝戦と同じカードが、夏にも行われたことは記憶にありませんでしたが、やはり史上初だとか。
春は苦杯を喫した大阪桐蔭を倒して、悲願の東北勢初優勝を、光星学院が三度目の正直(昨夏、今春に続いて3期連続の決勝戦進出)で成し遂げるか。
春に続いて夏も優勝し、史上7校目の春夏連覇を、大阪桐蔭が成し遂げるか。
春との共通点は、大阪桐蔭が一塁側ベンチで、光星学院が三塁側ベンチと言うことです。
大阪桐蔭、光星学院共、名だたる強豪校を次々と倒して、決勝戦に進出しました。
明日は甲子園球場には行かずに、外出先でラジオ
を聞いているかな?
雨で日程が1日順延し、今日決勝戦を見るつもりだったので、明日は別の予定を入れてしまったのです
でも予定を変更して、甲子園球場に行くかも
夏の決勝戦は、37年前の57回大会決勝戦、習志野(千葉)-新居浜商(愛媛)と、18年前の76回大会決勝戦、佐賀商(佐賀)-樟南(鹿児島)を見に行きましたが、どちらも応援していた学校が敗れ、準優勝に終わりました。
明日は、正直両方共に応援したいですが、どちらかが勝ち、またどちらかが負けるのです。
春の優勝校が、夏の決勝戦に進出したのは、戦後8校あります。
春夏連覇を成し遂げたのが6校、春優勝、夏準優勝が2校です。
春夏連覇を成し遂げたのは、44回大会の作新学院(栃木)、48回大会の中京商(現中京大中京)(愛知)、61回大会の箕島(和歌山)、69回大会のPL学園(大阪)、80回記念大会の横浜(神奈川)、92回大会の興南(沖縄)です。
春優勝、夏準優勝だったのが、45回記念大会の下関商(山口)と、86回大会の済美(愛媛)でした。
下関商は、プロ入り後「黒い霧事件」で球界から永久追放された池永さん(元西鉄)を擁して春優勝しましたが、夏は明星(大阪)に決勝戦で敗れました。
済美は、春初出場で初優勝、夏も初出場で決勝戦に進出しましたが駒大苫小牧(南北海道)に敗れ、春夏共に初出場での春夏連覇はなりませんでした。
この時済美のエースだったのが、福井(現広島カープ)でした。
駒大苫小牧は東北を越して、北の大地北海道に初めて真紅の大優勝旗を持って帰ったのでした。
ちなみに、春夏共に決勝戦に進出しながら、共に準優勝に終わったのは、29年前の横浜商(神奈川)位しか記憶にありません。
春は阿波の金太郎と呼ばれた水野(元巨人)擁する池田(徳島)に、夏はその池田を準決勝で倒したPL学園に敗れました。
その時は、まだ1年生だった桑田、清原(共に元巨人)が居たPL学園(大阪)に敗れました。
この時のY校(横浜商のユニフォームが胸に「Y」の一文字なので、Y校と呼ばれてます)のエースだったのが三浦(元中日)で、三浦は2年生でエース張ってましたが、その時の春の大会の準決勝で榎田(元阪急)擁するPL学園に敗れ、PL学園には二度苦杯を喫したのでした。
後にプロ野球選手になるだけの力がある選手がいたからこそ、春夏共に決勝戦に進んだのでした。
明徳義塾(高知)0
大阪桐蔭(大阪)4
準決勝第2試合
光星学院(青森)9
東海大甲府(山梨)3
明日の試合
決勝戦
大阪桐蔭(大阪)
光星学院(青森)
私は40年以上高校野球を見てきましたが、春の決勝戦と同じカードが、夏にも行われたことは記憶にありませんでしたが、やはり史上初だとか。
春は苦杯を喫した大阪桐蔭を倒して、悲願の東北勢初優勝を、光星学院が三度目の正直(昨夏、今春に続いて3期連続の決勝戦進出)で成し遂げるか。
春に続いて夏も優勝し、史上7校目の春夏連覇を、大阪桐蔭が成し遂げるか。
春との共通点は、大阪桐蔭が一塁側ベンチで、光星学院が三塁側ベンチと言うことです。
大阪桐蔭、光星学院共、名だたる強豪校を次々と倒して、決勝戦に進出しました。
明日は甲子園球場には行かずに、外出先でラジオ

を聞いているかな?雨で日程が1日順延し、今日決勝戦を見るつもりだったので、明日は別の予定を入れてしまったのです

でも予定を変更して、甲子園球場に行くかも

夏の決勝戦は、37年前の57回大会決勝戦、習志野(千葉)-新居浜商(愛媛)と、18年前の76回大会決勝戦、佐賀商(佐賀)-樟南(鹿児島)を見に行きましたが、どちらも応援していた学校が敗れ、準優勝に終わりました。
明日は、正直両方共に応援したいですが、どちらかが勝ち、またどちらかが負けるのです。
春の優勝校が、夏の決勝戦に進出したのは、戦後8校あります。
春夏連覇を成し遂げたのが6校、春優勝、夏準優勝が2校です。
春夏連覇を成し遂げたのは、44回大会の作新学院(栃木)、48回大会の中京商(現中京大中京)(愛知)、61回大会の箕島(和歌山)、69回大会のPL学園(大阪)、80回記念大会の横浜(神奈川)、92回大会の興南(沖縄)です。
春優勝、夏準優勝だったのが、45回記念大会の下関商(山口)と、86回大会の済美(愛媛)でした。
下関商は、プロ入り後「黒い霧事件」で球界から永久追放された池永さん(元西鉄)を擁して春優勝しましたが、夏は明星(大阪)に決勝戦で敗れました。
済美は、春初出場で初優勝、夏も初出場で決勝戦に進出しましたが駒大苫小牧(南北海道)に敗れ、春夏共に初出場での春夏連覇はなりませんでした。
この時済美のエースだったのが、福井(現広島カープ)でした。
駒大苫小牧は東北を越して、北の大地北海道に初めて真紅の大優勝旗を持って帰ったのでした。
ちなみに、春夏共に決勝戦に進出しながら、共に準優勝に終わったのは、29年前の横浜商(神奈川)位しか記憶にありません。
春は阿波の金太郎と呼ばれた水野(元巨人)擁する池田(徳島)に、夏はその池田を準決勝で倒したPL学園に敗れました。
その時は、まだ1年生だった桑田、清原(共に元巨人)が居たPL学園(大阪)に敗れました。
この時のY校(横浜商のユニフォームが胸に「Y」の一文字なので、Y校と呼ばれてます)のエースだったのが三浦(元中日)で、三浦は2年生でエース張ってましたが、その時の春の大会の準決勝で榎田(元阪急)擁するPL学園に敗れ、PL学園には二度苦杯を喫したのでした。
後にプロ野球選手になるだけの力がある選手がいたからこそ、春夏共に決勝戦に進んだのでした。