決勝戦は明日時間を繰り下げて、午後4時から予定されている。


明日に決勝戦をやりたがるのは、金曜日から阪神タイガースのプロ野球が開催されるためだ。


明日決勝戦が中止になれば、明後日の決勝戦はおそらく時間が繰り上がり、午前10時か11時試合開始となるだろう。


ちなみに、今年の甲子園開きのカードは、伝統のT-G戦である。


近年は高校野球開催時も、外野フェンスの広告を隠さなくなり、バックネット下の広告スペースに春の大会はは「選抜高等学校野球大会」「主催:日本高校野球連盟、毎日新聞社」、夏の大会は「全国高校野球選手権大会」「主催:日本高校野球連盟、朝日新聞社」と書かれるだけになったため、以前に比べて簡素になったとは言え、プロ野球開催のための準備が必要なのだ。


さて、私が知る限りでの大阪勢の春の大会での決勝戦の成績を列挙してみよう。

51回大会(1979年)

浪商7-8箕島(和歌山)


後に横浜の監督を務めた牛島とドカベン香川(元南海)のバッテリーで、石井(元西武)、嶋田(元阪神)を擁し、当時最強を誇った箕島との壮絶な打ち合いの末、1点差で敗れた。

この年、箕島は準決勝で小早川(元広島、ヤクルト)のいたPL学園に準決勝で勝ち、決勝戦で浪商にも勝ち、大阪勢を連破して優勝した。

そして、この年箕島は夏の大会も優勝して、春夏連覇を達成した。

私がリアルタイムで知る、最初の春夏連覇だった。

この年の浪商は、夏は大阪大会決勝で宿敵PLに勝って春夏連続で甲子園に出場したが、準決勝で池田(徳島)に敗れ、決勝戦での箕島との再戦はならなかった。


53回大会(1981年)

PL学園2x-1印旛(千葉)

エース西川(元南海、阪神)、主将吉村(元巨人)擁するPLが、エース佐藤(元近鉄、ロッテ)、主将月山(元阪神)擁する印旛に9回裏逆転サヨナラ勝ちして優勝し、「逆転のPL」の本領を発揮した。

印旛は、準決勝で苫篠兄(元西武)擁する上宮を破って決勝戦に進出したが、PLのお家芸の前に、目の前の優勝をさらわれたのだった。

ちなみに、印旛は春の大会に2回出場したが、2回共PLに敗れている。

苫篠兄と書いたのは、同じ上宮卒でプロ野球選手(元ヤクルト、広島)になった弟がいるが、苫篠弟がアイドルの松本典子と結婚し、とまピョンと言う愛称で呼ばれた。

弟は、甲子園には出場出来なかった。


54回大会(1982年)

PL学園15-2二松学舎大付(東京)

榎田(元阪急)を擁し、春の大会連覇を達成した。


しかし、この連覇したチームは、何れも夏の大会には出場出来なかった。


56回大会(1984年)

PL学園0-1岩倉(東京)

桑田(元巨人)、清原(元西武、巨人、オリックス)擁するチームが、キャッチポールや内外野のボール回しすら満足に出来なかった岩倉に、まさかの1安打完封負けを喫した。

当時の岩倉のエースが、山口(元阪神)だった。


59回大会(1987年)

PL学園7-1関東一(東京)

野村(元横浜)、橋本(元巨人、ダイエー)、立浪(元中日)、片岡(元日本ハム、阪神)を擁した、PL史上最強を誇ったチームだった。

この年PLは夏の大会も優勝し、春夏連覇を達成した。


61回大会(1989年)

上宮2-3x東邦(愛知)
(延長10回)


延長10回裏、二死走者なし。

元木(元巨人)、種田(元中日、横浜)、小野寺(元ロッテ)、宮田(元ダイエー)等を擁する上宮の悲願の初優勝を疑わなかったが、まさかとしか言いようがない悲惨な逆転サヨナラ負けを喫し、優勝はならなかった。

東邦は山田(元中日、広島)を擁したチームで、前年の春の大会も決勝戦に進出したが宇和島東(愛媛)に完敗し、この年もまた決勝戦で負けるのかと思われたが…。

春の大会の決勝戦で、一番悲惨な負け方をしたのが、この年の上宮だろう。


62回大会(1990年)

近大付5-2新田(愛媛)

準決勝で、近大付は延長サヨナラで東海大甲府(山梨)に勝ち、寺前(元近鉄)擁する北陽(現関大北陽)が準決勝で勝てば、史上初の大阪勢同士の決勝戦が実現するところだったが、この年奇跡的な勝ち方をし続け、ミラクル新田と呼ばれたチームに延長17回サヨナラ負けを喫し、残念ながら大阪勢同士の決勝戦は実現しなかった。

ちなみに、同じ都道府県勢同士の決勝戦は、1972年の44回大会での日大桜丘-日大三の東京勢同士の決勝戦があっただけである。


65回大会(1993年)

上宮3-0大宮東(埼玉)

東邦に、あまりにも悲惨な負け方をした決勝戦から4年。

ついに、上宮が悲願の初優勝を果たした。

4年前のようなスター選手はいなかったが、準々決勝で真木(元近鉄、巨人)擁する東筑紫学園(福岡)、決勝戦で平尾(現西武)擁する大宮東に完勝し、念願の初優勝を果たしたのだった。


70回大会(1998年)

関大一0-3横浜(神奈川)


相手が、あまりにも悪かったの一言だろう。

久保(現阪神)を擁し、初出場で決勝戦に進出したが、松坂(現米大リーガー)擁する横浜に敗れた。

横浜は、準決勝でPLに勝ち、決勝戦で関大一にも勝ち、大阪勢を連破して優勝した。

この年の横浜は、夏の大会も優勝して春夏連覇を達成したが、夏の大会も準々決勝でPLに延長17回の死闘の末に勝った。

この年の夏の大会は記念大会で、北大阪代表関大一、南大阪代表PLと、大阪から2校出場した。

関大一は、準々決勝で明徳義塾に勝てば準決勝で横浜との再戦となるところだったが、久保がメッタ打ちを食らって大敗し、再戦はならなかった。


20年間で9回も決勝戦に進出し、PLが3回、近大付と上宮が各1回優勝した大阪勢。


しかし、近年春の大会での大阪勢は準決勝(昨年の履正社等)が最高で、決勝戦進出は14年ぶりとなった。


大阪桐蔭は、夏は73回大会で萩原(元阪神)、控え投手に背尾(元近鉄、巨人)を擁したチームで、準々決勝で帝京(東京)、準決勝で松井(現米大リーガー)擁する星稜(石川)、決勝戦で沖縄水産(沖縄)と強豪を次々と倒して初出場で優勝し、90回記念大会では浅村(現西武)を擁し、決勝戦で常葉菊川(静岡)から夏の大会の決勝戦史上最も多くの得点(17-0)を挙げて優勝しているが、春は準々決勝どまりだった。

エース中田(現日本ハム)擁したチームは、その年に優勝した常葉菊川に敗れたのだった。


大阪桐蔭は夏の大会に実績を残したチームで、88回大会(2006年)にはその年の春の大会優勝校の横浜を一回戦で破った。

しかし、二回戦でその年の夏の大会を優勝した斉藤(現日本ハム)擁する早稲田実(東京)に大敗した。

エース辻内(まだ巨人に居る?)を擁したチームは、前年の夏の87回大会でベスト4に進出したが、その年の優勝校の駒大苫小牧(北海道)に敗れた。

マー君(現楽天)が2年生エースの時のチームで、駒大苫小牧はこの年夏の大会連覇を達成したのだった。