昨日鈴鹿市へ行った余韻か、まだソラ耳のように聞こえたF1サウンドが脳裏に残るが、F1ドライバーで「皇帝」と言えばミハエル・シューマッハー。


通算91勝を誇り、アイルトン・セナが記録したポール・ポジション獲得回数65以外は、すべての記録をマイケル(ドイツ語のミハエルを、英語読みすればマイケルとなります)が持っていると言っても過言ではありませんが、昨年カムバックしたものの、寄る年波には勝てないのか、カムバック後は一度も勝っておらず、後輩ドライバーの後塵を拝することが多くなりました。


競走馬馬で「皇帝」と言えば、1984年に日本競馬史上で初めて無敗の三冠馬に輝いたシンボリルドルフ(皐月賞、ダービー、菊花賞のクラシック三冠レースを無敗のままですべて勝ちました。この記録を持っているのは、皇帝ルドルフと、2005年のディープインパクトの2頭だけです)ですが、一昨日老衰で亡くなったそうですね。


昨年、東京競馬場でお披露目されたのが、最後にファンの前に姿を見せた機会となりました。


1983年に三冠馬となったミスターシービー(こちらは既に亡くなっています)は関西でのG1レース本番はもちろん、トライアルも関西のレースを使うことが多かったので、関東馬ながら関西のファンにもなじみのある馬馬でした。


しかし、皇帝シンボリルドルフは、あまり輸送に強くありませんでしたので、関西のG1レースに参戦する時もトライアルは関東のレースを使いましたので、関西では菊花賞と天皇賞・春の時に京都競馬場を走っただけでしたので、関西の競馬ファンの中には、皇帝ルドルフの姿を一度も見たことがない人も多くいるでしょう。


スズカコバンが勝った宝塚記念にも皇帝はエントリーしましが、跛行(筋肉痛が主な原因)のため出走取消になりました。


私にとって皇帝ルドルフは、大好きな馬馬だったトウカイテイオーの父と言うことの方が、先に頭に浮かびます。


帝王は、安田隆行騎手(現調教師)を背に、無敗でダービーまで勝ち上がりながら、その後骨折が判明し、父と並ぶ無敗の三冠馬にはなれませんでした。



帝王は皇帝のファーストクロップ(初年度産駒)でしたが、結局は帝王が最高傑作となりました。


皇帝ルドルフの父パーソロンの気性の悪さが隔世遺伝したのか、帝王以外にはこれと言った馬を輩出できませんでした。


ディープインパクトは、ファーストクロップから桜花賞馬マルセリーナと、古馬相手に安田記念を勝ったリアルインパクトと、初年度産駒から2頭G1ホースを輩出してますから、種牡馬としても優秀なことを早くも証明してますから、対照的です。


皇帝、帝王は、サラブレッド三大祖先ダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリータークの中で、世界中でも一番残っている数が少ないのがバイアリータークを祖にする馬ですが、今バイアリーターク(ヘロド系)の馬を祖に持つ種牡馬は、帝王も種牡馬を引退してますから、日本にはいないですね。


ルドルフの父、パーソロンの産駒で種牡馬になった馬(サクラショウリ、サンエイソロン等)も、あまりいい産駒を輩出出来ませんでした。


唯一、1978年のダービー馬サクラショウリが、1987年に皐月賞、菊花賞の二冠を勝ったサクラスターオーを輩出しましたが、サクラショウリはスターオーがデビューした時には既に病気で亡くなっていましたし、サクラスターオーは菊花賞の次に走った有馬記念で重度の骨折を発症し、産駒を残すことなく亡くなりました。


ゴドルフィンアラビアンを祖に持つ馬は、日本に輸入されたウォーニングと、その産駒のカルストンライトオとサニングデールが、種牡馬となっています。


残りはすべて、ダーレーアラビアンを祖に持つ馬ばかりで、バイアリータークを祖に持つ種牡馬は日本にはもういませんので、バイアリータークの血脈は、日本では途切れるかも知れませんね。