送り盆となる今日、京都の夏の終わりを告げる名物行事、大文字の五山の送り火が午後8時から行われる。
左大文字、船形、妙法、右大文字の五山の送り火が、ほぼ同時に点灯する。
この送り火に使う松明の材料がなかなか入手出来ないようになり、ここ数年は、はるか遠い岩手県陸前高田市産の松明を使用してきた。
ご存じのとおり、陸前高田市は東日本大震災による津波で壊滅的な被害を受け、未だに街の復旧、復興がままならない状況が続いているにも関わらず、京都の伝統行事を絶やさないよう努力し、松明を用意したと言う。
ところが、京都市は風評被害を懸念したのか、陸前高田市に対して松明は要らないと通告し、今年の大文字の送り火は中止すると一時発表した。
ちなみに、大文字の送り火は雨が降ると中止になるが、雨以外の理由で中止になったことは戦後一度もない。
この京都市の発表に烈火の如く怒りまくったのが京都市民で「大地震の被害で大変な中、京都の伝統行事を守ろうと努力してくれた陸前高田市の好意を、根拠のない風評を理由に、大文字送り火を中止にするとはけしからん。京都市がするべきことは、大文字送り火を絶やさないことはもちろん、震災で被害を受けた陸前高田市から観覧を希望する方を招待して、大文字送り火がどのようなものかを見ていただき、その好意に応えるよう努力しなければならないはずだ!!」という旨の、抗議が殺到したと言う。
結局、京都市は中止発表を撤回し、雨が降らない限り、予定どおり大文字送り火を行うと修正した。
陸前高田市から観覧を希望する方を招待しているのかどうかまでは分からないが、良識ある京都市民が京都市を動かし、陸前高田市の好意を受けるよう変更させたパワーはすごいものだ。
今日、思わぬ臨時休業となったが、仕事をするつもりだったので、まったく予定を入れておらず、大文字送り火を見に行くことは出来ないが、夕立等雨が降らず、陸前高田市の好意と、京都市民の良識が実るようになって欲しい。
また、観覧に出かける方は、今日の大文字送り火はいつもの年とは違い、様々な紆余曲折を経て、例年と変わらず行われるものと認識していただければ、ありがたいと思う。
大文字送り火は過去に4回観覧したが、叡山電鉄の元田中駅から西に進んで、北大路通より北の高野川の堤防沿いから見ると、左大文字、船形、妙法の4つが見える。
右大文字は見たことがないが、嵯峨野が好観覧スポットになるのであろう。
点灯は夜8時だが、30分も経つと火が消え、送り盆を象徴するかの如く、時間の短い、はかない行事なのだ。
左大文字、船形、妙法、右大文字の五山の送り火が、ほぼ同時に点灯する。
この送り火に使う松明の材料がなかなか入手出来ないようになり、ここ数年は、はるか遠い岩手県陸前高田市産の松明を使用してきた。
ご存じのとおり、陸前高田市は東日本大震災による津波で壊滅的な被害を受け、未だに街の復旧、復興がままならない状況が続いているにも関わらず、京都の伝統行事を絶やさないよう努力し、松明を用意したと言う。
ところが、京都市は風評被害を懸念したのか、陸前高田市に対して松明は要らないと通告し、今年の大文字の送り火は中止すると一時発表した。
ちなみに、大文字の送り火は雨が降ると中止になるが、雨以外の理由で中止になったことは戦後一度もない。
この京都市の発表に烈火の如く怒りまくったのが京都市民で「大地震の被害で大変な中、京都の伝統行事を守ろうと努力してくれた陸前高田市の好意を、根拠のない風評を理由に、大文字送り火を中止にするとはけしからん。京都市がするべきことは、大文字送り火を絶やさないことはもちろん、震災で被害を受けた陸前高田市から観覧を希望する方を招待して、大文字送り火がどのようなものかを見ていただき、その好意に応えるよう努力しなければならないはずだ!!」という旨の、抗議が殺到したと言う。
結局、京都市は中止発表を撤回し、雨が降らない限り、予定どおり大文字送り火を行うと修正した。
陸前高田市から観覧を希望する方を招待しているのかどうかまでは分からないが、良識ある京都市民が京都市を動かし、陸前高田市の好意を受けるよう変更させたパワーはすごいものだ。
今日、思わぬ臨時休業となったが、仕事をするつもりだったので、まったく予定を入れておらず、大文字送り火を見に行くことは出来ないが、夕立等雨が降らず、陸前高田市の好意と、京都市民の良識が実るようになって欲しい。
また、観覧に出かける方は、今日の大文字送り火はいつもの年とは違い、様々な紆余曲折を経て、例年と変わらず行われるものと認識していただければ、ありがたいと思う。
大文字送り火は過去に4回観覧したが、叡山電鉄の元田中駅から西に進んで、北大路通より北の高野川の堤防沿いから見ると、左大文字、船形、妙法の4つが見える。
右大文字は見たことがないが、嵯峨野が好観覧スポットになるのであろう。
点灯は夜8時だが、30分も経つと火が消え、送り盆を象徴するかの如く、時間の短い、はかない行事なのだ。