イスラエルシェケルを両替しにいったところ、「イスタンブールでは両替できない」と言われ、かなりテンションが下がり気味です。
こんなことならイスラエルの空港でワインでも買って一気飲みでもすればよかった。泣笑
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今日は、パレスチナを訪れたときのこと。
イスラエル初日に国境で5時間無意味に待たされたせいで(怒)、1日つぶれてしまい、死海かパレスチナのどちらかしか行けなくなってしまいました。
どちらに行くかすごく迷って、同じ宿に泊まっていた人に死海に誘われもしたのですが、パレスチナを選びました。
死海で雑誌を持ってプカプカ浮いて「うえーい!ひゃっほう!」っていうのもかなり魅力的でしたが、どうしてもパレスチナの現状をこの目で見ておきたかったのです。
恥ずかしながら実はあまり詳しくは知らなかったパレスチナ問題。
エジプトで初めて真剣に調べてみました。
★★★パレスチナ問題を簡単に説明!!★★★
ユダヤ人とアラブ人が、お互いに今のイスラエルの領土を自分のものだと主張して、衝突が起こっているという問題です。
3000年前、ユダヤ人はここで暮らしていました。
しかしその後、紀元前586年にバビロニアに征服され、ユダヤ人たちは世界に散らばってしまいます。
それから何度か様々な勢力がこの地を治めます。
そして16世紀から400年間、オスマン帝国というイスラム国家がこの地を治めます。
このころ、迫害を受けてこの地に戻ってくるユダヤ人もいました。しかし、このころはユダヤ人とアラブ人は比較的仲が良かったそう。
そして第一次世界大戦のときに、ターニングポイントが訪れます。
オスマン帝国と敵対していたイギリスが、アラブ人、ユダヤ人のどちらにも「協力してくれたら、あなたたちの国を作るのに協力してあげる★」と約束してしまいます。
これを「二枚舌外交」と言い、アラブ人との約束を「フセイン-マクマホン協定」、ユダヤ人との約束を「バルフォア宣言」と言います。
これが現在、領土問題がここまでこじれてしまっている原因です。
イギリスはどちらも裏切り、パレスチナを自分の領土とします。
しかし、ユダヤ人を優遇はしていたので、この土地にユダヤ人がどんどん入ってくる。
たまらないのはアラブ人「俺らの土地に何勝手に入ってきとんじゃボケが!」といって、ユダヤ人との対立が深まります。
1948年にはイスラエルが独立宣言。
これにアラブ人たちが反発し、第一次中東戦争が起こります。
アメリカの支援もあって、この戦争ではイスラエルが勝利し、領土が拡大。
1967年にはヨルダン川西域やガザ地区もイスラエルが占拠してしまいます。
それから20年後の1987年、パレスチナの青年たちがなんとイスラエル軍に石を投げて戦います。
この映像が世界の同情を呼び、1993年にパレスチナ暫定自治協定というのが結ばれます。
これによってパレスチナは自分たちで土地を治めることができるようになりましたが、今でもユダヤ人たちがじわじわとその領土を自分たちのものにしていっているそうです。
またガザ地区では、ニュースでよく見るように対立が激しく、ガザ地区を支配しているイスラム原理主義組織ハマスはイスラエルへのロケット弾攻撃を急拡大し、イスラエルも防衛のためだと言って反撃。
先月8月26日に停戦で合意し、現在は一応沈静化しています。
・・・と、こんな感じですかね。全然簡単に説明できなかった(笑)
これでもけっこう削ったのですが・・・それほど複雑だってことで。
★★★説明おわり★★★
で、そんなパレスチナ問題を直に感じようと、パレスチナ自治区に行ってきた訳です。
行ったのは、「ヘブロン」と「ベツレヘム」という所です。
最初に行ったのはヘブロン。

通路を進むと、道の上に金網が張ってありました。
実はこれ、上階にイスラエル人が住んでいて、石やゴミを嫌がらせで落としてくるので張ったそうです。

さらに進むと、人っ子一人いない通りに出ました。ゴーストタウンと化しているようです。


つい2年前まではお店も出ていて、賑やかだったそう。
こんな看板もありました。

歩いていると、パレスチナの子供たちに遭遇。
みんな明るく、優しいです。ちょっとバカにしてくるけど(笑)
お菓子もくれました。子供にお菓子をもらったのはこの旅で初めて。

あちらこちらに、イスラエルの監視兵がいます。

左は一緒に言った韓国人のチャーリー。
イスラエル兵を見ると、子供たちは「早く行こう」と急かしてきます。
「こわいの?」と聞くと、こくこくうなずく子供たち。
途中で、ユダヤ人のアパートも見かけました。
今も、ユダヤ人入植者がどんどん入ってきているそう。
元々住んでいたパレスチナ人たちが、どうしてもかわいそうに見えてしまったヘブロン訪問でした。
ベツヘレムに移動するときのバスでは、となりになったパレスチナの男の子と話す機会がありました。
英語が苦手らしく、話しかけると恥ずかしそうに笑う17歳の中学生でした。
お互いのことをしばらく話した後、
「イスラエルのこと、どう思ってるの?」とズバリ聞いてみると、
「うーん・・・」
するととなりのおばさんが、
「あいつらは泥棒だよ」
「そうなの?」と男の子に聞くと、苦笑いしながらうなずく。
「イスラエルのこと、嫌い?」
「うん、嫌いかな。あれ見て」と男の子が指を指した方を見ると、丘の上に家がいくつも建っている。
「ついこないだまでは、あんなのなかったんだ。ここはパレスチナなのに、勝手にユダヤ人が家を建てちゃったんだ。」
「そうなんだ・・・」
かなり仲良くなったので、男の子に最後に、ノートにメッセージを書いてもらった。
「お互い、幸せな人生が送れますように」
おれも、まじで、そう思うよ。
最後、ありがとうを言って別れるとき、なぜだかわからないけど涙がこぼれそうになりました。
あれ、まだ撃たれてませんね。笑
ちょっと長くなっちゃったんで、
つづく。
次はベツヘレム編。
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