サスペンス ~続編 ⑤~ | にゃんこと見る夢

サスペンス ~続編 ⑤~

「深草君!深草明子君じゃないか」


振り返ると星法務大臣が後ろにいる。

星孝一。40代前半で大臣に任命された議員。

前回の「友達の友達はテロリスト~」な大臣とは全く違い

温厚そうで柔和なイケメンだが目立つことはせず

着実に公約を果たし、今回の内閣で見事大抜擢を受けた。

でも、この男の目はいつも笑っていない。

何を考えているのかは全くわからない。

私の中では危険人物に分類されている男の一人だ。


「こんにちは。星先生。ご無沙汰しております。」

私は深々と頭を下げた。

今回の私のスタイルはアクリスというスイスブランドの黒のスーツ。

大企業の秘書っぽいシンプルだけど、上品なデキる女イメージ。

髪は漆黒で爽やかにストレートのセミロングシャギー。


ここのホテルは高級会員制だけあって

安い服なんて着ていたら追い出されかねない。

会員権は中古マンション買える位の金額だもの。

普通の人は近寄れない場所。

ここではライターの「深草明子」で出入りしている。


「深草君。どうだね、やはり私の秘書になる件

もう一度考えてみないか?

ライターよりも君に向いてると思うんだ。

それに君と僕は似ているし」

にやりと星法務大臣は笑った。

それでも瞳の奥は冷たい光を放っている。


「先生、もったいないですわ。

ワタクシそんな恐れ多いこと・・・。

大変光栄です。

けれどとても先生のような偉大な方の大変なお仕事に

ご一緒させていただく程の力量はワタクシにはございません。

申し訳ございませんが、ご迷惑をおかけする前に

きちんとお断りするのも星先生のためかと」

アタシもにっこり答える。


「そうかい?確かに議員秘書は地味な活動かもしれないけど

おもしろいもんだよ。

気が変わったらいつでも電話してくれ。」

右手を上げて星議員は去り、SPと共にエレベーターに乗り込んでいった。


ここは大物が多いからセキュリティーはしっかりしている。

多少のごたごたがあっても、世間には漏れない。

そんな理由でアタシはここを利用しているのだ。

今日はとりあえず少しまともに休みたかった。

ここのところ落ち着いて寝ることも出来なかったから。

部屋にチェックインしてすぐにシャワーを浴びて

バスローブでそのまま眠ってしまった。


夜、高層階のプールで軽く泳いだ。

窓から都会の夜景が見えて、

ほとんど照明の付いていない壁や天井には

プールの中からの光が映り緑色の水の波紋が広がる。

宇宙船の中のような気分になる。

ここはどこなのか、自分は誰なのか。

何のために生きてきて、これからどうすればいいのか。

もはや何も判らなくなり、どうでもよくなってくる。


そんなんじゃダメだ。

アスカや弥一や鍵屋が何で死んだのか

死ななきゃいけなかったのかはっきりさせないと!

少なくともアスカはアタシのせいで死んだんだ。

ちゃんと敵は討たなくては。


頭を2・3回振り、水から上がった。


最上階のレストランバーも、夜景のために照明が最小限になっている。

小洒落たところは野菜はサラダ系とかしかないのが不満だが

さすがに選りすぐりの食材でおいしい。

生マッシュルームのサラダと有機野菜のグリルと

200gのフィレステーキとペリエをオーダーした。

今後のことをぼんやり考えかけていたら、聞き覚えのある声がする。

席が少し離れているので、内容までは聞き取れないけど

あれは・・・!


「お待たせしました」

ウェイトレスがサラダを持ってきた。

「ごめんなさい。

時間があんまりなくなっちゃったから、

残りのものも全部まとめて大急ぎで持って来てくれる?」

「かしこまりました」

一礼してウェイトレスが去る前に、アタシはサラダを口に運んでいた。

食事をキャンセルはしない。

相手はまだゆっくりしていそうな感じだから。

食べられる時にちゃんと食べるのは鉄則だ。


ここのサラダのドレッシングはいいバルサミコを使っているので

とても香りがいいのだけれど・・・。

今日はそんなこと気づかなかった。

びっくりするような人物がその席に着くのが見えたからだ。


鍵屋!生きていたのか!!


なぜ洋とこんなところで密会している?

ここのホテルはビジターは1階のカジュアルレストランしか入れない。

このフロアにいるってことは会員ってことだ。

鍵屋のような刑事・・・安月給の公務員には一生縁のないところのはず。

アイツは敵だったのか・・・。

もう何食べても味がしない。

それでも闘うためには食べることは、身体に染み付いた習慣なので

機械的に手は料理を口に運び、口は勝手に咀嚼した。



洋と鍵屋は1杯だけビールを飲み

引き上げていくようだった。

少し先に店を出て先にさりげなくエレベータに乗り込み1階のボタンを押す。

鍵屋と洋が乗り込んでくる。

ヤツらは13階か。

アイツらが降りてエレベーターのドアが閉まる寸前に12階のボタンを押す。

12階から非常階段を静かに上り、1315室に鍵屋が入るのが見えた。


また急いで1階に行き、内線電話を1315にかける。

「お客様お休みのところ申し訳ございません。

先程モーニングコールのご登録をされたかと存じますが

機械エラーのため解除されてしまいました。

恐れ入りますが設定しなおしますので

ご利用時間を教えていただけませんでしょうか?」

アタシはフロントになりすます。


「え?設定してねぇけど・・・まぁいいや。

8時で頼む。あとウイスキーロックで1つ届けてくれ。

銘柄は何でもいい」


「かしこまりました」


電話を切った後、フロントにかけ直し

同じ内容を告げ、アタシは自分の部屋に戻った。


翌朝。

ほぼ昨日と同じスタイルで、

アタシは1階のラウンジで新聞を読んでいた。

9時近くなって鍵屋と洋が現れて、カジュアルレストランに入っていった。

それを見たアタシはトイレに行き、

個室でメイクとカツラを替えた。



「あら!洋さん!」

カジュアルフレンチから出てきた洋の肩を叩く。

「あ~晴代ちゃん~!何お客さんと泊り~?

にしては地味なカッコしてるね!?」

アタシは顔だけ晴代にした。

鍵屋はアタシの赤い髪を見てキャバ嬢と判断し

苦々しい顔でそっぽ向いた。

もちろん洋は胸の方に主に目線が行ってる。


「アタシは就職活動ぉ~。いつまでもキャバ嬢やってらんないでしょぉ。

洋さんこそお泊り?ここ高いでしょ?

御曹司はやっぱ違うねー!

今度アタシも泊りたぁ~い!!」

「いいよ!いいよ!来週なら泊めてやるよ。連絡してこいよ!」

すっかりアホ面している。

「ありがとぉ~!じゃメールするねぇ♪」


その時後ろを一人の人物が横切った。

「明子君は変装も上手だね」

アタシにしか聞こえない小声ですれ違いざまにつぶやく。

ぎくりとしたがアタシは顔色を変えないように勤めた。

星孝一。

やっぱり侮れない。


服はほぼ「明子」のスタイルだが着こなしを崩して「晴代」にしたし

メイクや髪はまるで違うのに、一発で見抜いた。

あの目はどこまで見抜いている?

まだ数回しか会っていないのに、前回は秘書になれと言って来た。

何かを調べた上で言ってたのか?

星の立場ならその気になればアタシの素性を調べられなくもない。

とにかく星は危険だ。

しばらくはあまり近づかないようにしておこう。


アタシはホテルを出ると羽田空港行きのリムジンバスに乗り込み

また空港で変装して宮城へ向かった。