野球場では何でも起こる。


作家ジョン・アップダイクは<すべての野球ファンは奇跡を信じる>と『ボストンファン、キッドにさよなら』=『アップダイクと私』所収=で書いている。


ただし、<問題はいくつまで信じることができるかだ>。


少年時代に信じた奇跡をいつまでも信じられる者、今も夢を追いかけている者、それがプロ野球選手ではないだろうか。そんな選手たちに夢を託して、ファンは球場に足を運んでいる。


レギュラーシーズンでは今季最後の日曜日の甲子園だった。スタンドには家族連れ、子どもたちの姿が目立った。


急に季節は進み、肌寒いナイターだった。六甲おろしの冷たい風が本塁から外野方向に吹いていた。その秋風にも乗って本塁打5本が舞った。阪神はソロ4発を浴び、2ラン1発で敗れた。


本塁打は防げた、などと論評する気はない。ましてや1〜3回を含め、回の先頭が5度出塁しながら打線がつながらないなどと書く気もない。


そんな「タラレバを言い続ける人」をアメリカでは「マンデー・モーニング・クオーターバック」(月曜朝のクオーターバック)という。NFLやカレッジフットボールで日曜日の試合についてとやかく言う人を指す。何度も書くが、もう、そんな時期ではないのだ。


メル・ロハス・ジュニアは少年時代、元大リーガーの父親メル・ロハスの背中を追いかけ、野球場に夢を描いて育った。米国ではマイナー生活が続き、大リーグ昇格はできなかったが、韓国、そして日本で夢を追い続けている。


0-3の7回裏、左中間席に反撃の2ランを打ち込んだ。ダイヤモンドをやや速足で一周し、ベンチで何ごとか叫んでいた。「勝負は、これからだ」と顔に書いてあった。


2点を追った9回裏、2人の走者が出て、誰もが「一発逆転サヨナラ」を夢想した。だが、代打・佐藤輝明4度のフルスイングも、近本光司の好打も実らなかった。


映画『blank・13』(2018年公開、監督・斎藤工)は、借金を残して蒸発し、13年間音信不通だった父(リリー・フランキー)が胃がんで余命3カ月となって家族と再会する。苦しい生活を強いられた家族(母と息子2人)との溝は埋まらない。


ただ、次男コウジ(高橋一生)は小学生のころ、父親に連れられて行った甲子園球場、教えてもらったキャッチボールや素振りが忘れられない。


当時『夢の球場』と題した作文を書き、賞をもらった。父が高校野球部時代に届かなかった甲子園に出場すると誓う。自分ががんばって甲子園に出れば<父ちゃんの夢の球場にもなる>と書いた。父はその作文を宝物として、最期を迎える病床に持っていた。実話に基づく物語だそうだ。


作家ロジャー・カーンは野球は<父子相伝の文化>と書いた。父が伝え、子が応えるのは、夢や奇跡を信じる心ではないだろうか。


ヤクルトとは3ゲーム差に開きマジックは4。阪神は残り7試合。全部勝てばいい。夢はまだ続いている。