スマホの着信画面を見た時、どんな思いが過ったのか。「まさか」なのか「やっぱり」か。意味がわからず、電話に出たのか。「明日、球団事務所に来てください」。この時期の球界では戦力外通告を意味する。志半ばで球団から去る選手と同じ数だけ、こんなやり取りが繰り返されるが、中日・武田健吾外野手の場合は状況が違った。


10月6日の広島戦で、代打で登場し三振したものの、右翼の守備に就いた。武田はその後、自宅で電話を受けた。ここまで93試合に出場し、打率・132、1本塁打1打点。寂しい数字だが開幕から1軍に帯同していた。通常、戦力外通告は2軍選手を対象に行われることが多いだけに非情の呼び出しだった。



7日、球団事務所で武田は「頭の中は真っ白」と話した。2013年、自由ケ丘高校からドラフト4位でオリックスに入団。19年シーズン中、中日に移籍した。今季の推定年俸は1600万円でプロフィルには「既婚」の2文字…。これは辛い。球団は「若い選手に、チャンスを与えていかないといけない状況」と説明した。武田は登録を抹消された。早い時期に通告すれば、本人の選択肢が増える。球団の配慮もあったのだろうが、27歳でも世代交代の波に飲まれる。これがプロ野球だった。


「グラウンドには銭が落ちている」


監督勝利数で歴代最多の「1773」を誇る南海・鶴岡一人監督の名言の意味を改めてかみしめる。好きな野球で結果を残せば、高い生活レベルに身を置くことができる。親孝行もできる。子供たちの憧れの存在にもなれる。一攫千金。夢を見て、球界に飛び込む。銭は無数にある。しかし手にできるのはひと握り。何が待ち受けているのかはわからない。


阪神では佐藤輝、中野、伊藤将のトリオ、広島なら栗林、DeNAでは牧。パ・リーグでは日本ハム・伊藤、楽天・早川らルーキーの話題が多かった2021年シーズン。新人王争いはシ烈でセ・リーグはヤクルト・奥川、パ・リーグはオリックス・宮城も有資格者だ。


一方で岩田(神)、長谷川(ソ)が引退を決意し、会見で大粒の涙を流した。また山井(中)、雄平(ヤ)がマイクの前で思いを伝えた。松坂(西)、斎藤(日)もユニホームを脱ぐ。自分の意思で決断できる選手と球団から通告を受ける選手…。数字や実績だけで割り切れないラインが存在する。


10月11日のドラフト会議。本命不在といわれる中、また多くのプロ野球選手が誕生する。その裏で戦力外通告は4日から25日までが第1次で、クライマックス・シリーズ全日程終了翌日から日本シリーズ終了翌日までが、第2次期間。この時期になると、いつ電話が鳴るか…。線上の選手は不安な日々が続く。来る人去る人の『人生交差点』が、そこにある。